【建前社会とは…社会編】本音を読めないとKYな人
日本は建前(たてまえ)社会だといわれている。したがって、日本人として生きていくためには、この建前社会とは何であるかを知らなくてはならない。
ところが、意外なことにこの建前社会が何であるかが意外と知られていないのである。
たとえばギャル語と呼ばれる若い人の言葉に、KYというのがある。「空気を読めない」という意味だが、最近はSKYというのまである。これは「スーパー空気を読めない」で、チョー空気を読めないという意味である。
問題はどうしてこの言葉が、ギャル語となって瞬く間に雑誌のタイトルに使われるほど社会に広がったのか、社会に受け入れられたのかということである。
実はこの言葉、日本の建前社会に対する若者らしい反逆性を持っているのである。
「空気を読めない」というのは、一般的にいえば、「場の空気を読めない」ということで、対外的な主義とか方針、つまり社会の建前を読めないという意味になる。例えば上司が顔を出している同僚の歓送迎会に遅れて出席し、私的な話ばかりをしていると、「あいつは、場の空気を読めないやつだ」ということになる。
しかしギャルのKYは、こうした場面ではあまり使わない。この使い方は、おじさん型というか、建前優先型である。
ギャルは歓送迎会の流れで二次会になったとき、せっかく合コンのいい雰囲気になってきたときに、会社や仕事の話ばかりをしているやつを、「空気を読めない」つまりKYと評するのである。この使い方はギャル型、本音(ほんね)優先型である。
つまりKYという言葉は、何かにつけて建前が優先する日本の大人社会に対する痛烈な皮肉なのである。
それを知ってか知らずか、建前優先型でギャル語のKYを連発しているおじさん、そう、あなたのことです。あなたのような人をKYと呼ぶのが本当の使い方なのです。日本の建前社会は、奥が深いですなあ…。
【伊豫商事330億円焦げつき】マニュアル融資の盲点
先月、9月6日から8日までの3日間にわたって開かれたPGAシニアツアー<ビックライザイザックシニアオープン仙台>の開催コース、ビックライザックカントリー倶楽部の関連会社である伊豫(いよ)商事が9月26日、約380億円の負債を抱え岡山地裁に破産手続きを申し立て、事実上倒産した。
これだけのことなら単なる新興有名ゴルフコース関連会社の倒産でしかないのだが、実はこの会社、9月12日に大島敏之社長と関連会社大喜の西田嘉幸社長ら5名が有印公文書偽造の容疑で岡山地検に逮捕されている。
そしてこの関連会社大喜が、ビックライザックカントリー倶楽部の株主であり、事業主、つまり経営母体なのである。
両社とも所在地が岡山市中山1-8-45で、親会社が伊豫商事、その関連会社の一つが大喜という関係である。
親会社の伊豫商事は昭和50年に先代の大島敏雄氏が設立。全農指定のちり紙、ロール、ティッシュペーパーなどの紙製品、介護用品の販売を行い、最近では地元中国から四国、九州、近畿に商圏の拡大している。また業績拡大に伴い平成13年には関連会社大喜を設立してミネラルウォーター「聖喜水」の製造、販売に進出し、その後ゴルフ場経営にも乗り出した。
東京商工リサーチの調べでは、平成19年3月期に年商810億円を売り上げていたということだが、おそらくこれは今回逮捕された不正融資を受けるための粉飾決算の数字で、実態はその10分の1程度ではなかったかとみられている。
というのは逮捕の容疑が、「パソコンで作った納税証明書に偽の税務署長の印鑑を押し、実態より多い法人税を収めたように装い、業績が順調なように見せかけて複数の銀行から多額の融資を引き出した」(東京商工リサーチ)ということなので、その粉飾の為の売上数字と思われるからである。
この粉飾によって伊豫商事は、今年3月までに、みずほ銀行から約144億円、三井住友銀行約100億円、広島銀行約60億円、中国銀行約10億円など計約400億円を借り入れていたといわれている。
大半は返済期限が1年以内の短期借り入れで、融資申し込みの際に「全農が保証する」とした全農理事長名義の保証書を偽造、提出していたとみられる。
こうした資金の大半は、ゴルフ場経営とそれに連なる闇社会に流れたともいわれるし、報道によれば、逮捕された一人、伊豫商事の大島敏明専務が地元選出の逢沢一郎衆院議員に計700万円の献金をしたとも伝えられており、そうした事業と直接関係のない付き合いなどに使われた可能性もある。
それにしても驚くのは、メガバンクや地方の金融機関が、保証書の偽造や書類の偽造による粉飾決算を見抜けず、やすやすと100億円単位の資金を融資していることである。
この話はバブル時代の融資を彷彿(ほうふつ)させるものがあるが、当時、あれほど痛い目にあっているにもかかわらず、メガバンク以下、どこの銀行も本当の意味でのバンカーを育成していなかったということになる。つまり銀行マンらしい銀行マンは一人もいないということである。
どうしてこうもやすやすと一流銀行がだまされるかといえば、それは彼らが監督官庁である金融庁の基準に従って、盲目的にマニュアル融資をしているからである。
端的な話が、彼らは自分の基準で融資をしているのではない。金融庁の内部監査が融資の基準なのである。金融庁のチェックを恐れるあまり、金融庁が監査しやすい融資基準のマニュアルに従って融資しているのである。
したがって、銀行の融資係は偉そうに書類に目を通しているが、それは金融庁の監査基準に適合しているかどうかを調べているだけで、自らに判断で融資しようなどという料簡はまったくない。融資先の金融事情などは、二の次、三の次なのである。
偽造であろうと何だろうと、書類が金融庁の融資基準に適合していればそれでいいのである。それが、今度の事件を生んだ背景である。
メガバンク以下の銀行が顧客をみずに金融庁ばかり見ているのは話にもならないが、そこに胡坐(あぐら)をかいて金融行政を担っている金融庁はもっと問題がある。
彼らには、金融行政官として国民のためになるという視点が欠けている。バブルの再発を防ぐために、融資に厳しい基準を設け融資のローンモデルやマニュアルをつくるのはいいが、それで大多数の国民が自由な融資を受けられなくなるようでは、本末転倒である。
自分たちの監査がやりやすいという理由だけで行政をやられたのでは、国民はたまったものではない。揚句が、愚かなバンカーを生み、こうした単純な犯罪さえ見抜けないのだから、明らかに現行の金融行政に問題がある。
この事件を単なる、悪徳業者の犯罪で終わらせてはならない。金融行政の改革こそ急務であろう。そうでなければ、もっとたちの悪いバブルが再現することになりかねない。
君は会社で主流派? 反主流派? それとも非主流派?
「三人寄れば公界(くがい)」という言葉がある。
公界とは、「表向き」とか「世間」という意味だから、3人集まれば、そこは公の場になるということ。転じて、言動をつつしめ、秘密は保たれないぞという意味になる。
「3人あれば公界」という使い方もする。
要するに、3人以上は友だちではない、そこはもう社会なんだという意味である。
2人なら意見はまとまるが、3人ではまとまらなくなる。反対者が一人いても不思議はない、ということになる。
民主主義のルールというのは、人間のこの普遍的な習性に基づいて、それを社会に適合させるようにつくられている。社会を構成する最小単位、三者三様の考えを社会に反映させようというのが、民主主義の根幹である。
「3人あれば公界」という人間の習性は、ありとあらゆる場面で現れる。
例えば、会社の派閥。「うちの会社には派閥はありません」などと公言する経営者をときどき見かけるが、思わず、「そんなに非人間的な会社なのか」と、問い返したくなる。人が集まればいろんな意見が出てくるのが当たり前で、派閥がないということは、その意見を封じている強権的な経営の会社ということにもなりかねない。
もちろん、一概に派閥といっても、色の濃さがあるわけで、ほとんど派閥色を感じさせないという会社もある。
しかし、だからといって、派閥がまったくないということではない。従業員が3人以上いる会社なら、そこはもう公界。反対意見の人もいるということだ。
多くの場合、会社は、経営の主導権を握る主流派、これに反対する反主流派、そして反対ではないが主流派には入らない、または入れない非主流派の三派に分かれている。
ちなみに、「えっ、派閥なんて意識したことがない」というサラリーマンのためにいっておくと、その人は、主流派でも、反主流派でもないから、非主流派ということになる。つまり、非主流派の中には、ノンポリ(政治に無関心な人)的な人がかなり含まれているということである。
派閥社会の生き方や利用の仕方は、この項の主目的ではないので別の機会に譲るが、会社に限らず社会の中で自分の置かれた立場を認識しておくことは、決して無駄にはならない。むしろ、立場をはっきり自覚することで、転勤や異動などに事前に備えることができるというメリットがある。
また、出世や昇進など、サラリーマン処世術にも、派閥が大きな意味を持つことは、改めて言うまでもない。
さて、話を民主主義に戻して、民主主義の原則は多数決、つまり賛成者の多いほうの意見で決まることがすべてのように思われているが、実はそれだけではない。
民主主義での民意というのは、つねに、大こく分けて三つに分かれる。「賛成」と「反対」、そして「どちらでもいい」ノンポリの意見である。
そして、内容にもよるが、この意見は、それぞれ三分の一ずつに分かれる。「賛成」3分の1、「反対」3分の1、「どちらでもいい」3分の1である。
世論調査というのがある。例えば、内閣支持率。かつて、小泉内閣の支持率が60%を超えていることがあった。
これは、支持する33.3%、支持しない33.3%、ノンポリ33.3%の原則からいえば、反対派を除く、支持者とノンポリの大多数が小泉内閣を支持していたことになる。つまり、国民的な支持を得ていたといえる。
安倍内閣も発足当初は、40%を超えていた。
この数字は、自民党支持者以外にもノンポリから10%近く支持を得ていたということで、安定政権を意味するパーセンテージである。40%を割って38%前後でも、人気はないが、一応国民の信任を得ていると解釈していい。
では、どこが危機ラインかといえば文字通り3分の1の33.3%で、これを割ったら自陣営からも支持を失っているということで、民意は退陣を迫っているということになる。
最近の内閣支持率は、なんと最低22%からどの調査でも20%台だから、安倍内閣は、自民党支持者からも見放されている。それでも退陣するつもりがないようだから、これはもう政治力学の問題だろう。
もう一つ。
今、社会の中で敵を感じたり、孤独を感じている人はいないだろうか。心配することはない。
世の中は、あなたの味方が3分の1、敵が3分の1、関心のない人が3分の1なのだ。あなたの敵や、無理解なやつは、わずか3分の1しかいない。残りの3分の2、65%以上の人が、あなたにとって味方になる人である。
自分から敵をつくろうとしない限り、世間は結構、温かいのである。敵は、無視すればいい。あとは、あなたの気の持ち方、一つである。
それにしても、安倍首相はこの民主主義の原則、知っているのだろうか…。


