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【この国の想い】日本人の悲しきDNA─官僚国家3

戦後、60年前にアメリカ主導のGHQから授けられた、見せかけではない、本当の民主主義とは何だったろうか。これが分かれば、国民は本当の権力者になり、悪徳役人をこの国から排除することができるのである。

 実は、よく考えてほしいのだが、戦後の民主主義は形からスタートしている。具体的にいえば、現行の日本国憲法が、日本の民主主義の原点となっているのである。というより、日本国憲法が日本という国の形態、つまり国体の原点になっている。
 しかしこれは、少し変ではないか。憲法というのはあくまでも法(のり、規則)であって、精神ではない。戦後の日本は、精神や理念を抜きにして、その行動基準を定めた憲法という形を土台にしてスタートしているのである。

 本来は日本という国の存在理由、つまり国民の想いや理念が初めにあって、それを実現するための手段として主義、主張があり、それを形にした行動基準が憲法なのである。国民の想いや理念を抜きにした憲法は、魂の入らない単なる法規でしかない。

 今日の日本が、日本人の根本原理となる想いや理念のない日本国憲法を民主主義の土台にしているということは、形だけの見せかけの民主主義を通用させているわけで、一部のマスコミや宗教家、三権をつかさどる役人など小賢しい権力者がいくらでも民主主義の精神を自分勝手に解釈し、悪用することができるということである。そしてそれが、今日の権力者の腐敗につながっている。

 早い話が役人の腐敗は、自分たちの行動や政策を、「国(家)のため」という大義名分で正当化している。一見もっともらしいが、これは民主主義を、勝手に自分に都合よく解釈しているのである。
 本当の民主主義国家では、国民の利益が国家に優先する。「人民の、人民のための、人民による政治(行政)」が民主主義の根本精神だから、「国家のために」国民を犠牲にするという政策は、よほどの理由がなければ罷り通るはずがない。

 ところが役人は、三権という民主主義の権力者の立場を利用し、お上に逆らわないDNAを持つ国民に「国家のため」という大義名分を押しつけているのである。薬事行政や年金、道路行政、金融政策のはてまで、すべて国のためという名目で国民が置き去りにされている。

 多くの国民は、理念の入らない形だけの民主主義しか知らないから、これに反論できない。本当の民主主義、民主国家というのは、役人など統治機構に携わる者は権力を行使するのではなく、国民に奉仕する公僕であって、国民がその権力の行使を厳しく監視して初めて機能するのである。
 国民は、主権が自分たちにあるという強い思いなり、理念を持つことで初めて本当の民主主義が機能するのであって、理念をおろそかにした結果が、今日の確認の腐敗を招き、官僚国家を現出しているのである。

 民主主義というのは簡単にいえば、アメリカの、というよりイギリスなどアングロサクソンの国ではぐくまれた理念から生まれている。
 日本からみれば、これは他国の理念である。とはいっても、べつに60年も使い続けた民主憲法を否定しているわけではない。移入された民主主義でもいっこうにかまわないが、しっかりした国民の想いというか、理念の裏づけが必要だといっているのである。

 学校教育で魂の入らない日本国憲法を覚えさせる以前に、民主主義を必要とする日本や日本人の論議をしなければならないのである。

 想いや理念のないまま、何の抵抗もなく新しい権力者を受け入れるのは日本人の悲しいDNAである。
 しかし、理念がなくても組織は動く。これが問題なのである。戦前は、主権者である天皇ためという理念があった。その前の徳川300年に理念らしい理念はなかった。戦国時代、天下をとった信長、秀吉、家康の3大名のうち、理念を明確に持っていたのは「天下布武」を旗印にした信長だけであった。弱小大名の信長が、天下統一に一歩踏み出すことのできた強さと発想は、ただ一人天下を統一する明確な理念を持っていたからに他ならない。

 秀吉の関白や太閤はしょせん太政大臣の敬称でしかないし、幕府を開いた家康も将軍としてだから、その上に天皇の存在がある。つまり有史以来、藤原氏の摂関政治にしろ、武家の幕府にしろ、いずれも上に天皇をいただいている。
 天皇をいただいているということが日本人の尊厳であり、想いであり、あらゆる理念の源であった。信長以外の権力者は、この理念を土台にしてその統治体制を築き上げたのである。

 したがって権力者の政治体制がどう変わろうが、天皇が存在さえしていれば、日本人は日本国民としてその理念を論議する必要はなかったのである。
 理念を改めて論議しなくても、新しい権力者が上に天皇を抱く限り、新しい政治組織は国民に受け入れられた。もちろん、天皇親政の時代を含めてである。

 その意味で、60年前の新しい政治形態、民主主義の日本国憲法も日本国民に受け入れられるはずであった。いや、現実に受け入れられたのである。名目は何であれ、天皇の存在が認められる民主主義だったからである。
 国民はこれまでのように、理念を論議することもなく新しい政治体制を受け入れた。そしてそこから三権という権力者や、多くの国民に与えられた自由から、マスコミや宗教など新しい権力者を生まれたのである。

 ところがこれらの権力者の横暴や腐敗が始まると、しだいに60年前の権力の委譲に大きな問題があることが明らかになってきた。
 それは有史以来、国民の尊厳のよりどころであった天皇が、主権者から象徴にかわり、国民自身が主権者になったという事実である。ということは、国民の理念の源が「(主権者である)天皇のため」から、「国民のため」にかわったのである。

 しかし、悲しいかな。有史以来、お上に逆らったことのない日本国民は、自らを主体にした国家や国民の存在を考えようとする、発想も意思も持ち合わせていなかったのである。多くの国民は、天皇の存在が認められる政治体制であれば、日本や日本人の尊厳は守られる、理念など論議する必要はないと単純に考えていたのである。

 役人に限らず、民主主義下の新しい権力者たちは、その国民の無知につけこんだ。そして60年間、権力をむさぼりつくし、腐敗した姿をいま無様にさらけ出している。

 今こそ日本人は、その存在について明確な理念を持つべきなのである。民主主義の国家をつくりたいのであれば、まず主権が国民にあるという主権在民の理念を強く持たなければならない。この血の通った魂を持つことで、初めて公僕としての役人を監視することができるのである。
 今日の日本は、政党も役人も、企業や教育、家庭や福祉など戦後日本のあらゆる分野で、その行動の前提となるべき理念が欠如している。今これらの政策や組織が直面している問題の多くは、その基盤のなるべき理念を見出すことで、これによって、新たな指針を与えられるものが少なくないはずである。

 バブル経済の破たん後、成果主義や徹底した合理化主義の経営が主流になっているが、国家にも、企業にも家庭にも、損得を超えた判断が時には必要なのではないか。
 罪を犯したらすべて刑法で裁かれなければならないのか、人情や友情の入りこむ隙はないのか。家庭で、どうして人生が話し合われないのか。

 こうした問題は、すべての分野でその存在についての想いや理念が欠如していることから来ている。理念のない国家や国民、企業や家庭は、いずれ腐敗したり蹂躙(じゅうりん)されたりして衰退することになる。

 役人を腐敗させているのは、国民側にも責任があるということである。いまこそ、本当の民主主義を手に入れるために、国民が主権者としての明確な理念を持てば、腐敗した小役人を排除することなど決して難しいことではないのである。

 私たちは何者で、日本とは日本人とはどういう存在なのか。今こそ、その想いを理念として語らなければならない。
 すべての日本人が、主権者として簡単な想いを語ったとき、小役人が悪事を働く余地などまったくなくなるのである。このまま悪徳官僚や役人をのさばらせてはならない。
   

【この国の想い】日本人の悲しきDNA─官僚国家2

端的に言って、役人の腐敗や横暴を排除するには、民主主義体制下での権力者である国民がそれをやるしか方法がない。
 ところが、繰り返しになるがその国民は、お上に逆らわないというDNAに支配されている。これではいつまでたっても、悪徳役人を排除することはできない。今日の日本は、そのジレンマの中でもがき苦しんでいるのである。

 ではどうするか。解決策は二つ。一つは、役人自身の良識に訴えて自浄作用が働くのをじっと待つことだが、これはすでに期待するほうが無理だという段階にきている。
 ということは、もう一つの解決策、国民が本当の権力者に変身するしか方法がない。日本人のDNAがどうしたという段階ではないのである。

 こんな風にいうと、「それではこれまでの日本は、主権在民の民主主義ではなかったのか。主権のある国民が、権力者ではなかったのか」とお叱りを受けそうだが、まさにその通り、戦後から60年、これまでの日本は本当の民主主義国家ではなかった。名ばかりの民主主義だったのである。
 もし本当の民主主義国家が機能していたなら、こんな官僚国家になるはずがなかった。官僚や役人はもっと国民から監視され、奉仕させられていたはずなのである。

 どうしてこんなことになったかといえば、それはガラガラポン、つまり新しい権力者が現れてすべてが入れ替わったとき、もっと具体的にいえば戦後、GHQ(日本占領下の連合軍総司令部)から現行憲法を示され、それを基本的に受け入れて日本が民主主義国家として歩み出した時に、すべての起因があった。

 このときの権力者は、GHQであった。もっと現実的にいえば、それはアメリカであった。しかし彼らは、一時的に進駐はしてきたものの、権力者として日本に提示したのは平和憲法といわれる現行の日本国憲法である。
 おかげで日本は、主権在民の民主主義国家として戦後復興のスタートを切った。戦前までの主権者であり権力者であった天皇は、この憲法で、天皇は日本国の象徴であり、日本国民統合の象徴と位置づけられた。

 この流れをみると、いっけん何の問題もない。
 ときの権力者であるGHQは、置き土産として民主憲法を置いて行ったのである。押し付けだったのか、もらい受けたのかは知らないが、お上に逆らわない日本人はこれをありがたくもらい受けた。

 問題はここ。これまでの新しい権力者は、新しい体制を国民に押しつけると、間違いなくその体制の上に立つ権力者となった。そして、それを素直に受け入れたから、お上に逆らわない日本人のDN Aが生まれたのである。
 ところが、今度の権力者は、「あなた方国民が、新しい権力者になりなさい」といって、さっさと身を引いてしまったのである。スマートだといえばスマートだが、無責任といえばかなり無責任である。

 権力を渡された日本国民は、これをどうしたか。
 60年を経た結論からいえば、実は、誰も本当の民主主義を知らなかった。憲法で決められた、国民の参政権や信教、表現の自由といった主権在民の形、三権分立の国家統治の形、こういった形式上の民主主義、建前をひたすら守ることで、日本は戦後の民主主義国家を展開し、維持してきたのである。

 しかし本物の民主主義ではないから、たとえば政党は戦争放棄部分だけを強調するとか、宗教はその自由を盾に過激にオカルト化したり政治色を強めたりするとか、またマスコミは新しい権力者として偏った報道をするとか、それぞれの権力者が勝手な方向に民主主義を利用そてきた。
 そしてその結果として、すべての権力者が腐敗し、衰退しないまでも色あせてしまったのである。

 もちろん国家の統治機能である司法、行政、立法の三権も時と共に腐敗していった。日本に限らず、世界のあらゆる権力体制がほぼ30年で腐敗することは歴史が証明している。日本の見せかけの民主主義は60年も続いているのである。腐敗するのは、当然といえば当然である。
 三権のうち、最初に立法府の選良(議員)たちが腐敗し、やがてその腐敗は行政の役人たち、そして最近は警察や弁護士ら司法関係者らの不祥事へと広がっている。民主主義の権力者、三権はいずれも腐敗から崩壊への道を進んでいるのである。

 もっとも、立法府の選良たちは直接国民の審判にさらされるし、司法に携わる者の不祥事はまだ自浄作用が働いているかに見える。ひとり、行政の官僚や役人だけは、歯止めもなくひたすら腐敗を続け、いまその極みに達しているといっていい。
 しかも彼らの腐敗を排除し、天誅を下すすべや知恵を国家も国民も持ち合わしていないかに見える。官僚国家は太りに太っていくのである。

 しかし、彼ら悪徳官僚を撲滅する方策は見えてきている。彼らは、国民が主権を持たない見せかけの未熟な民主主義を逆手にとって、国家のため、ひいては国民のためという大義名分で悪徳の限りを尽くしているのである。
としたら国民は、彼らに本当の民主主義、つまり国民に奉仕する本当の役人を求めればいいのである。

 とはいえ、それは口で言うほど容易なことではない。
 戦後60年間、お上に逆らわない日本人のDNAは、彼ら官僚や役人にまともに自分たちへの奉仕など求めなかった。ひたすら、役人から利権をあずかることに汲々としてきたのである。役人をのさばらせたのは、むしろ国民のほうだったかもしれない。

 しかし、だからといってこのまま悪徳役人をのさばらせておくことは許されない。60年間も彼らをのさばらせてきたということは、民主主義国家をスタートさせた当初の段階で何か欠けていたものがあったということである。
 いったい何が欠けていたのか。それさえ分かれば、役人の未曽有の腐敗をこの国から排除できるかもしれないのである。

(この項続く)
 

【この国の想い】日本人の悲しきDNA──官僚国家

【この国の想い】日本人の悲しきDNA──官僚国家

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