【赤福 偽装表示】事件を拡大させた企業広報の無知
「赤福」の偽装表示をめぐってマスコミは鬼も首でも取ったかのように大騒ぎしているが、多くの国民の反応は極めてクールである。
「赤福も大変ね。…で、またいつから食べられるのかしら」
憤慨する人は大いに憤慨しているが、「ひどい、いくらなんでもそれはないだろう」と激憤するほどの事例ではないというのが、一般の受け止め方である。
報道によれば、地元の伊勢保健所の田畑好基所長が興味深いことを云っている。
「赤福は、健康被害が出ない範囲で巧妙に偽装を続けていた。組織ぐるみとみるのが自然」
つまりこの偽装表示問題は、健康被害が出ていない単なる法律違反なのである。
別に縁もゆかりもないから「赤福」を弁護するつもりはないが、この程度の違反で、この大騒ぎは明らかにマスコミのはしゃぎすぎである。
ちなみに、縁もゆかりもといえば、10月18日発売の『週刊文春』と『週刊新潮』には堂々と「赤福」の見開きカラー広告が掲載されており、当然のように追及記事は載っていない。『週刊現代』によれば、両誌とも今年2月から月2回の割合で広告が掲載され、その広告出稿料はそれぞれ5000万円になるということだから、「雑誌への出稿料には企業防衛分が含まれる」という当音羽記者クラブの企業広報論の正しさが、はからずも証明された形である。
話を本題にもどす。
単なる法律違反なのに、どうして「赤福」の偽装表示問題はここまで大きくなったのであろうか。
その理由はきわめて簡単。「赤福」の浜田典保社長がたびたび記者会見を開いては事情説明と謝罪を繰り返し、延々と話題を提供し続けたからである。
不二屋や「白い恋人」、ミートホープなどの場合、事件が公になるや次から次へと、健康被害者や不良品の事例が露見した。マスコミはこれを追いかけて報道し、その報道に押される形で事件が拡大していったのである。
「赤福」はこの教訓となる事実を学ぶべきであった。
もし学んでいれば、事件が明らかになったとき、マスコミへの情報を遮断し、事件の拡大を防ぐことができたはずである。そう、マスコミが事件を追及し拡大させるためには、連続的情報ソース(出所)の存在が不可欠の条件なのである。
今回の場合でいえば、事件を拡大させるだけの健康被害や不良品の事例が「赤福」にはなかった。情報ソースが不足しているマスコミは、完全にお手上げだったはずである。
ところが何を思ったのか、出たがりの45歳になる若い典保社長が折々にマスコミに登場し、それ「まき直し」だ「むきあん」「むきもち」だと、聞きなれないマスコミの餌食になるような語句を次々に提供。自らの発言と映像を情報ソースとして提供し続けたのである。
毎回毎回、社長が登場し不祥事を陳謝し続けたら、従業員はどう思うであろうか。「うちの会社は社長自ら謝罪を繰り返す、本当は悪いことをした会社」──。社長自ら謝って、しかも次から次へと不祥事が出てくるのだから、社員がこう思うのは当然である。
従業員の経営トップへの不信感は、会社への不信につながり、それは雇用不安から会社へのロイヤリティー(忠誠心)欠如となってあらわれる。
そしてその揚句が、マスコミにぺらぺらと内情を話す従業員の背信行為を誘発する。悪行はどんどん暴露され、良かれと思っておこなった社長や従業員の発言は、すべて裏目に出て、会社は追いつめられていく。現状の「赤福」は、この状況にある。
典保社長は、どうしてこんな馬鹿げたことをしたのであろうか。
田舎の偉大な企業だから(世間知らずに誠意で)とか、不祥事から倒産という影におびえたからとか、いろいろ指摘されているようだが、問題は一点。社長に代わる広報担当者がいなかったからである。
『週刊文春』や『週刊新潮』に合わせて1億円にもなる広告を出す全国区の企業が、実はまともな広報担当者がいなかった。
ではマスコミによる取材攻勢からの企業防衛を誰がするかといえば、おそらく取り巻きの広告代理店あたりが、マスコミ対策に自信があるようなことを云ったに違いない。最近いくつかの大手広告代理店は企業においしい話をして広告をとっているようだが、彼らはしょせん広告屋で、企業防衛のまともな理論もなければ、力もないのである。
はっきりいって、過去の不祥事から教訓を学んでいれば、この「赤福」の不祥事の拡大は防ぐことができた。
企業防衛の広報論を身につけた広報担当者を一人置くだけで、あるいは社長自ら企業広報論を学ぶだけで、この不祥事は単なる法律違反に終わらせることができたのである。
その意味で、「赤福」の偽装表示問題はあまりにもお粗末な広報体制が招いた不祥事の拡大であったといえるのである。本当の広報はリスク(危機)管理ではない。リスクが発生する前に、企業防衛の体制を整えておくことの大切さを、この事件は教えている。
「白い恋人」事件は創業家経営の弊害
またしても、創業家の経営する企業が不祥事を起こした。
北海道土産であまりにも有名な「白い恋人」を製造、販売する石屋製菓がそれで、主力商品である「白い恋人」の賞味期限改ざんに端を発した不祥事で、今まさに非常時の真っ最中である。
今日8月16日も、正午の記者会見で石水勲社長が、それまで自主操業停止を16日から19日までの4日間にするとピントの外れた発言をしていたのを、あわてて安全が確認できるまで継続、と訂正した。石水社長は、非常時だとは分かっているが、ことの重大性がまるで分かっていないのである。このあわてぶりは、そのことを如実に表している。
もっと酷(ひど)いのは、事件発覚翌日の15日の記者会見でも、北海道を代表する経済人らしく反省の言葉を述べていたが、自分の責任問題に話が及ぶと、「問題の後始末もあり、3年、長くて4年の間に次の社長を育て、その後で後進に道を譲りたい」と脳天気な発言をしていた。これでよく、札幌商工会議所の副会頭などの公職が務まったものである。
しかし、この程度の社会常識に欠けた経営者は、他にもざらにいるわけで、取り立てて問題にすることもない。ただ、今回の事件で、どうしても見逃せないことがある。
それは、いろいろ出てきた事実隠匿(いんとく)や、責任逃れの発言の中で、石水社長は賞味期限改ざんの事実を掌握しておらず、伊藤道行取締役統括管理部長の責任だと嘘をついたことである。結局、16日の記者会見で、改ざん偽装表示が1996年から常態化し、自らも把握していたことを一転、認めている。
何のことはない、食肉のミートホープ事件同様、企業ぐるみの所業だったのである。
これでは、石水社長の経営責任は免れない。3、4年後に辞めるなどと、とんでもない。直ちに辞任するのが、正しい責任の取り方というものである。
とはいっても、実はこの会社、絵に書いたような創業一族が経営する同族企業である。
取締役5人のうち4人を石水一族で占める。石水社長の母親が常務、長男と妻が取締役として名を連ね、唯一の同族外の取締役が、伊藤道行部長である。とうぜん、石水社長は社内で絶対的な存在で、「いつの間にか風通しの悪い企業になっていた」と記者会見で話しているが、そんなことはあるまい。
はじめから、風通しの悪い会社であったと想像がつく。取締役5人のうち4人を一族で占めて、風通しがいいはずがない。
悪い情報は伝わらず、伊藤部長を中心に問題を解決しようとしていたというが、彼は忠臣である。一族経営では、悪い情報もいい情報も、すべてトップの耳に入る。伊藤部長は命令には従うが、ギリギリのところで、社長以下、一族をたしなめてきた。
操業停止の継続や、改ざん事実の把握を一転して認めた、危機に対する対応の素早さは、並みの判断ではない。同族では、自らの過ちを簡単に訂正できるものでないから、これはおそらく、伊藤部長の判断、アドバイスによるものだろう。
一族、特に石水社長が、このまま伊藤部長の判断を重用するようであれば、この事件が第2の不二家事件に発展することはない。もし、伊藤部長の判断でなったとしたら、誰でもよい。とにかく、この2、3日みせている社会性のある危機管理ができる限り、この会社は、最終的に安泰である。非常時は、最小限の被害で乗り切ることができる。
問題はむしろ、事件が一段落して石水社長が辞任した後どうなるかである。
ここで、再び同族の役員が過半数を占めるようでは、結局、いつか同じ同族経営が弊害となる過ちを繰り返すことになる。肝心なのは、これを契機に同族経営をやめ、創業家は君臨し、統治は同族以外のものに任せる恒久安定体制を整えることである。
こうした事件が起きたことも、また、こうした話が出ることも、同族にとってはきわめて衝撃的ではある。しかし、石水社長が傾きかけていた駄菓子屋を、2代目として、「自分で値段のつけられる菓子を作ろう」とがんばって生み出した「白い恋人」は、その甲斐あって次の成長段階を迎えたということなのである。
早い話が、「白い恋人」は、創業家の菓子から北海道の菓子に成長したということなのである。その成長に伴い、おのずと社会的責任も大きくなった。
今回の事件は、そのことを、創業家に知らしめたのである。したがって、これは創業家への教訓である。今ならまだ、名も実も取れる、賢い選択ができるということを肝に銘ずるべきである。そうすれば、石水社長の名誉も、一族の名誉も立派に守られることになる。
なぜ今コンプライアンスなのか ─その時代背景─
コンプライアンスとは、文字通り法令順守のことである。
しかし、どうして最近になって騒がれだしたのだろうか。会社がコンプライアンス、コンプライアンスというものだから、にわかに規則がうるさくなったと感じている向きも多いに違いない。どうしてこうも、法令や、規則が厳しく言われだしたのか、釈然としないというのが実情のようである。
会社や組織が、コンプライアンスの励行でいまさら法令や規則を守れというのは、逆説的に、これまでは法令や規則が守られていたか、あるいはまったく守られていなかったかのいずれかである。しかし、現実問題として、法令や規則がこれまで厳密に守られてきたとも思えないから、その時代背景は、あまり守られていない状況にあったということである。
法令や規則はあまり守られていなかったが、しかし、それは同時に、法令や規則が破られても犯罪になることや、社会問題化することがあまりなかったということを意味している。もちろんこれは、例外もあるわけで、重大事犯や刑事相当犯などは、その都度摘発されてきたことは改めて言うまでもない。
では、どうして法令や、規則があまり守られないのに、犯罪になったり社会問題化しなかったのだろうか。
それは、実は話すと長くなるのだが、市民社会の民主化に比べ、企業社会は「日本株式会社」として、長いこと政府なり官庁の庇護下にあったため、民主化が大幅に遅れていたということである。すなわち、今日の中国のように、半ば社会主義的に産業や企業が保護されてきたのである。
この社会主義的な国家主義が、結果として、世界に類を見ない戦後復興と高度成長を可能にし、世界に冠たる経済大国を現出した。
しかし、世界有数の大国になりながら、いつまでも国家主義を続けるわけにいかない。どこかで、産業や経済も本当の民主化をしていかなければならない。
加えて、市民社会の民主化も定着から成熟化し、企業社会の国家主義という2重構造も限界にきた。つまり、戦後長いこと国の保護下にあった企業社会が、バブル経済の崩壊を契機として、一気に民主化することになったのである。
ここで注意しなければならないのは、企業社会が民主化したといっても、自らの手で民主化したのではないということである。これまでの国家主義を支えてきた、政府や官庁が民主化したため、否応なしに企業社会も民主化を求められたというかとなのである。
この象徴的出来事が、大蔵省、現在の金融庁と市中銀行の関係であろうか。長いこと大蔵省の指導を仰ぐため、各銀行にはMOF担(モフたん)と呼ばれる担当者がいたが、これが民主化の過程で、接待は贈収賄事件になるとして、当局に役人、担当の両者が逮捕された。以後、大蔵省に限らず、役人の接待が激減したのは周知のとおりである。
そして、官庁や役所には民主化の証として、大幅な情報公開が求められることとなった。
もちろん、政府や官庁の民主化は、その庇護下にあった民間の企業社会にも波及してくる。
護送船団の銀行しかり、官製談合のゼネコン然(しか)り。許認可事業はもとより、ほぼすべての産業、企業が民主化を要求されることとなったのである。
これまで当たり前だった、情報収集の接待や、談合などのいわゆる商慣習が、突然犯罪として扱われることになったのである。
いったい、どこからどこまでが合法な商慣習で、どこからが違法な行為で犯罪になるのか─。これが、コンプライアンスが重視されることになった時代的背景である。
つまり、企業社会の民主化がコンプライアンスを必要としたということなのである。
もちろん、これだけがコンプライアンスの時代背景ではない。
例えば、バブル経済の破たんで生じた企業の終身雇用の崩壊も、コンプライアンスに結びついている。企業の終身雇用が崩壊した結果、従業員のロイヤルティー(忠誠心)が大きく後退した。従業員の転職や早期退社が増加し、この結果として、機密情報の持ち出し、漏洩(ろうえい)、さらには内部告発が、これまで隠匿(いんとく)されていた企業犯罪を表面化させた。
思いがけない情報漏洩によって、それに携わった貴重な人材が、犯罪者になるという事態が現出したのである。
いつの時代も、民主化にはコストがかかるものである。金銭的なコストはともかく、人材や組織など、民主化には取り返しのつかないロスもある。
それを避ける一つの方策として、民主化を進めるリスク回避策として、コンプライアンスが声高に叫ばれるようになったのである。
また、昨年、2006年5月に施行された会社法は、民主化の流れの中で、大企業に内部統制システムの整備を義務付けている。これはコンプライアンス体制の強化とリスク管理体制の強化を求めているが、法制面からもコンプライアンスが推し進められるようになったということである。
コンプライアンスは、突然始まったように見えるが、実は企業の民主化の中で、本来あるべき姿なのである。
ただ、企業の民主化が急に始まったため、一部企業には、行き過ぎた運用や弊害もあるようである。本当の民主化が、官民双方に定着するまで、しばらくは混乱が続きそうである。


