夜明けのコーヒー 「男と女心…」その3
男は、一夜を過ごしたあと、その女性と夜明けのコーヒーを飲むかどうかに、長いこと重要な意味をもたせてきた。それは、ベットのあと夜明けのコーヒーを飲むのは、その女性との幸せな関係を予感させるからだ。
「思いが残らない女性だったら、コーヒーを飲もうなどと、こっちから誘いはしない。 朝の何気ない別れは、その後の、特別でない関係を意味している。そう、僕にとって、夜明けのコーヒーを一緒に飲むというのは、彼女がスペシャルだということを意味している…」。男の勝手な思い込み、ロマンといってもよかった。
ところが、男には、一向に夜明けのコーヒーを飲むチャンスが訪れない。スペシャルな彼女が現れないからである。
男は、抜群のイケメンというほどではないが、細面のすっきりした顔立ちで、けっして女性にもてないわけではない。不自由しない程度に、女性は次々に現れ、そして消えていく。ただ、男のまえに、この人はと思う女性がなかなか現れないのである。
「それが…、現れました」
「それで、コーヒー飲んだのかい、夜明けに?」
「いえ、断られました」
「断られた?」
仕事先との、打ち合わせを兼ねた食事会で知り合った女性だという。彼女は、ベットのあとで男のコーヒーの誘いを断ったけれど、「またお会いしたい」と云った。男に、異存があるはずがない。会えば、また夜明けのコーヒーを飲む機会に恵まれるかもしれないのだ。
しかし、コーヒーの誘いはまたしても断られた。理由は、前回と同じ。
「コーヒーより、また会って…」
デートを重ねるうちに関係はより深まり、2人は、少しは人生を語り合う恋人になった。3回目のデートのとき、男は、もう夜明けのコーヒーを飲もうとは云わなかった。コーヒーを飲まなくても、彼女は十分にスペシャルな存在だったし、彼女にとってコーヒーよりデートを重ねることのほうが重要だということを、男は学んでいた。
だが、学んでいたが、男は心から納得しているわけではなかった。それは、男のロマンの否定でもあったからである。彼女は、男にとって申し分のない女性であったが、そのことだけが、ずっと少し残念に思えた。
秋になって、半年ほど続いた二人の仲は、それが当たり前であるかのように、別れの時を迎えた。
「夜明けのコーヒーを飲みましょうって、彼女に誘われたんです。そして、そこで、私たち別れましょうって」。「ええ、別れる理由は、双方にあって、性格の違いとか、誤解とか…。ま、その時期だったかもしれません」
「……」
「それで、別れることに話が決まってから、思い切って聞いてみたんです。初めて一夜を過ごした朝、どうして一緒に夜明けのコーヒーを飲んでくれなかったのかって。そしたら彼女は、今のように、コーヒーを飲みながらあなたが別れ話を切り出すのかと思ったから、って云うんです。夜明けのコーヒーに、彼女が別れの恐怖を感じていたなんて。僕は、そんな気はさらさらなくて、そうすることが夢だったのに…」
「ショックだった?」
「ええ、別れ話よりショックでした」
男は、いまだに夜明けのコーヒーを飲む女性を求め続け、それだけが理由ではないだろうが、なぜか独身である。
【男子心得の条・その3 男の恋愛はロマン、女性のそれはリアルと知るべし】
続・ラルフの不満トヨタの苦悩
F1の第3戦を終え、今ひとつ波に乗れないトヨタのドライバー、ラルフ・シューマッハは、「今のクルマは、僕のドライブスタイルに合っていない」と、その不満を口にし、これをF1トヨタの首脳たちが懸命になだめている
しかし、懸命になだめてもトヨタのF1マシン、TF107がラルフ好みに改善されるという見通しは、おそらく立っていない。もちろん、技術陣や後方支援部隊は、文字通り夜も寝ないで懸命の努力を続けている。つぎの第4戦、スペインGPには大幅な空力(空気力学の略)のアップデート(技術の改善、更新)も用意しているが、これがどれだけ効果を発揮するか、まだ分からない
ラルフ本人は、「これで、僕にマッチングしたクルマになるとは思えない」と、きわめて悲観的
普通は、空力が改善すれば性能は格段に向上するはずなのに、ラルフはどうして自分にマッチングしないと思っているのか。実はここに、問題の深刻さがある
今年、F1はまれに見る大混戦となっている。そして、その理由の一つが使用タイヤがブリヂストン一社になったこと。去年まではブリヂストンとミシュランの2社がタイヤサプライヤーだったので、正直なところ、F1がマシンの開発競争なのか、タイヤの開発競争なのか、分からないほどだった。それほど、マシンの競争にしては、タイヤがレースをつまらないものにしていた
マシンの性能にそれほどの差がなくなると、パワーを路面に伝える役割をするタイヤの良し悪しが、その性能を大きく左右することになる。基本的には、タイヤは柔らかく暖かいほど路面のグリップがよくなり、クルマのスピードが出る。スタート前のクルマが、ジグザグ運転でタイヤの熱を入れているシーンをよく見かける。ただし、柔らかすぎたり熱を持つとスピードは出るが、長いこと走っているうちに、ゴムが溶けてぼろぼろになるだれ(垂れ)現象を起こし、かえってスピードが落ちる
タイヤに熱が入りやすくて、なおかつだれ現象を起こさない状態。このかね合いのいいクルマが、性能のいいクルマになるのだが、そのためにはタイヤのグリップ力を向上させるための、上から抑える適度な力、ダウンホースが必要になる。これを生み出すのが、空力である
マシンの性能の上で、タイヤがはばを利かせすぎると、タイヤに頼って性能を上げるクルマが出てくる。使用タイヤがミシュランからブリヂストンに変わったことで成績が落ち、低迷が続く去年のチャンピオン、ルノーは、多分、その高性能の大半をミシュランにおんぶしていた。魔法の足を失った、ルノーの傷は深い
F1がタイヤ競走であっても、それはそれでマニアには面白いのだが、やはりF1の本筋は、マシン本来の競争でなければならない。ということで、今年からタイヤはブリヂストンのワンメークになった
話は、トヨタに戻る
次のレースから導入する空力のアップデートは、少なくても現状よりはダウンホースを向上させるはず。それなのにラルフは、「これで、僕にマッチングしたクルマになるとは思えない」という。何故か。実は、ラルフは空力のアップデート以前の問題で悩んでいる
早めにタイヤのワンメーク化に対応しようとしたトヨタは、昨年から使用タイヤをミシュランからブリヂストンに変更。同時に、マシンの基本設計も大幅に変えたが、その中でもっとも特徴的なのが、フロントのサスペンション(車輪に車体を載せる装置、通常ばね)
詳しい説明は避けるが、マシンの車輪は上下2本のアームに支えられ、それはフロントノーズの下部に取り付けられている。この取り付けの出っ張りをキ-ルといい、その形態によって、シングルキール、ツインキール、Vキールなどに分けられ、その究極のものがゼロキール。トヨタは、これを採用した
ゼロキールは、マクラーレンなどが採用しているが、究極といわれるだけに、その扱いはかなり高度で繊細な技術を要するといわれている。はっきりいって、トヨタは、空力との関係などで、まだその技術を完璧にものにしたようには見受けられない
ところが、ラルフはどうもこのゼロキールを気に入っていないふしがある。ちょっと神経質なこのキールは、ラルフのドライビングスタイルに合わないのだ。その証拠に、彼はしきりに、「まだ、TF107はグリップがない。アンダーステアに悩まされる」と、こぼしている
アンダーステアというのは、要するにハンドルの切れが悪いということで、タイヤにグリップ力がないことを意味する
ということは、つまり TF107の空力は、まだ開発の狙いどおりのダウンホースを出していないということになる。「努力が足りない!」。ラルフは、そう怒っている
マスコミに叩かれながら、身をていして叱咤激励するラルフに、トヨタはどうこたえるのだろうか。週明けの4月30日から始まるバルセロナの合同テストで、TF107に少しは光明を見出せるであろうか。トヨタF1の苦悩は深い……
からだは心を超えていく 「男と女心…」その2
「馬鹿ねっ、男の人と私たちは違うのよ。一度に二人の男性を愛するなんて、できるわけがないじゃない」
「そんなことはないよ。俺たち男だって、一度に二人の女性を愛することなんて、できないよ」
「あーら、できるじゃない。うちのお父さんなんて、お母さんを愛しているのに、ときどき浮気してるようだし…。絶対、二人以上を同時に愛せるのよ、男性は」
そこまで強く云われると、「そうかな…」と引き下がるしかなかった、学生時代の青い思い出のひとコマである。
あれからずーと、何度女性に裏切られようと、私は、女性が一度に愛せるのは一人の男だけと思い続けてきた。というより、そう思うべきだと、自分に言い聞かせてきたような気もする。このテーゼの、実は、男と女が逆だとはっきり確信を持つようになったのは、子供たちが結婚を考える年になってからである。
あるいは、フェミニストかどうかの違いは、この確信を持ったときの時期から来るかもしれない。若いうちに、女性の本性の一つが分かってしまったら、とてもフェミニストにはなれないような気がするからである。
女性が、一人の男性を愛していながら、その一方で何人かの男性と関係をもてるのは、別に女性が悪人だからというわけではない。これは、弱い女性が生きていくための方便として本来持ち合わせているもので、女性は、けっしてこれを喜んで使ってはいない。だから、時に女性は、悲しい生き物なのである。
それより、本性ではなく道徳観念として、そんなことをしてはいけないと思い込んでいる女性も少なくないのである。
ある有名企業の部長のお嬢さんが、何を間違えたかヒモ家業で食っているような本当につまらない男と出来てしまった。もちろん、世間知らずのお嬢さんには初めての男ではあるし、それはもう夢中で、親の意見など聞く耳を持つはずもない。
「どんな方法でもいいから、どうしても別れさせたいというのなら…」
いったんは固辞したのだが、部長のたっての頼みとあって、私は別れの秘策を授けることになった。
「口実を設けて、年に1,2回しか戻ってこられない外国に留学させてご覧なさい。できれば、一年半以上の長期がいいですね」
というわけで、部長の知り合いのつてでロンドン駐在の商社マンご夫妻の家に預けられたお嬢さんは、その後帰国して、現地で知り合った一流企業のサラリーマンと結婚、今は高校と中学に通う2児の母親である。私の、作戦勝ちである。
先日、そのお嬢さんとばったり銀座のホテルのロビーで出会った。出入り口に近いところで、自由業風の男性と別れたところであった。「あら、悪いところを見られちゃった」と、悪びれた様子もない。私は、お茶に誘った。
「彼は、あの時別れさせられた彼よ…。主人も子供も愛しているけれど、彼も愛しているのよね。というより、ああいう、甘えん坊タイプが好きなのかな、あたし。娘の中学の先生も、似たようなタイプ…」
「火遊びが過ぎると、やけどをするぞ」と、私。
「大丈夫ですよ、旦那様は。あたしが愛してることを知ってるし、それに…」
「それに?」
「女は、一度に一人しか愛せないって思い込んでる人だから、私がほかの人を愛してるなんて、頭から信じないと思うわ。うちの主人は」
そのとき、美しいお嬢さんの横顔が、ちょっとだけ悲しげに見えた。
【男子心得の条・その2 女性の悲しき風情を愛しむべし】


