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魔性の探究;5 銀座のホテル

第1章 誰でも魔性の女になれる

Ⅳ.銀座のホテル

「実はね…」
 千里が殺人事件の説明を始めようと何か言いかけたとき、不意に綾は人の気配を感じて、椅子に座ったまま後ろを振り返った。
 ラウンジの一番奥の席にいる二人のほうに、長身の若い男性が大股で進んでくるのが見えた。
「あら、谷村君」
 話を中断して、千里が立ち上がった。
そして、小声で云った。
「今夜のお相手よ」
「わたしの?」
 とっさに、綾は身構えた。
「う、うん。あたしのよ…」
 ほっとする、綾。
「でもあなたは、六本木の魔性の女王のところへ?」
「ええ、でもおいしものを頂いてからよ」
 千里が、片目をつむった。
 で、私は…、と綾が思ったとき、男性が近くにきて立ち止った。
「紹介するはね、こちら谷村君。…、わたしの親友の綾さんよ」
 千里は、気軽な感じで二人を引き合わせると、「ちょっと」と言い残して、谷村の腰を後ろから押し抱えるようにして、席から離れていった。
 背後から見る千里は、かなり長身である。180センチ前後に見えた谷村と並んでいても、頭半分ほどしか低くない。それに白っぽいブランドのスーツ姿のスレンダーな体型だから、ラウンジにいる男性たちの視線を一身に集めている。
 一人取り残された綾は、少し不安な感じで二人の後ろ姿を、目で追っていた。まさか、このまま姿を消すはずがない…。

 そのとき、まっすぐラウンジの出口からロビーのほうに向かうのかと思っていた二人が、さっと右のほうに曲がり壁際に席をとった。
 そして、二人で何事かを話し込んでいたが、やがて千里一人が戻ってきた。一人になった谷村が、ウエーターにオーダーしている様子がよく見える。
「もうすぐ、彼が来るわ」
 席に戻るなり、千里の声が弾んだ。
 その声に、やっと綾は千里の魂胆を飲み込んだ。
 谷村と、これから現れる彼を同時に見えるところにおいて、ささやかなダブルブッキングの魔性を楽しもうというのである。
 そうと察して、綾は千里の魔性を少しだけ覗いたような気がした。そして、魔性は病気のようなものかしら、とも思った。
「その方、私と、今夜のこと…」
 綾が、「承知しているの?」と尋ねる前に、千里が心得顔で口をはさんだ。
「大丈夫よ。あなたと寝てみたいって、繰り返し頼み込んだのは彼のほうなんだから」
「えっ、その方、私のことを知っているの?」
「ええ、いつだったかゴルフ練習場に車で迎えにきたとき、私と話しているあなたをじっくり観察したんですって」
「そんなことがあったの。少しも知らなかったわ」
 綾は、本当に驚いていた。いつ見られていたのか、心当たりはまったくなかった。
「彼、あなたのこと一目見て、彼女は、お前と同じ魔性の女だよ。一度、惑わされてみたいって」
「どうして、そう思ったのかしら。私だって、魔性に火がついたばかりなのに…」
 私の魔性を見破ったということは、同級生の修二のようなタイプかもしれない、と綾は思った。修二は、魔性の信奉者なのだ。
「わかるのよ、魔性好きの男には…。ほら、来たわよ」
男が、あいさつもしないで綾の目の前に現れ、千里の隣にさっと腰をおろした。
「あっ」
 その顔を見て、綾は小さい声を上げた。千里が電話で話したようにイケメンだったが、それよりも目が柔和に輝いていた。芸能人のような、オーラが…。綾の魔性が、瞬時に疼いた。
「綾さん、彼、城二…。沢木城二さん。城二、お望みの、綾さんよ。」
 千里が、二人を一緒に紹介した。       

 そして、あっという間に千里は二人の前から姿を消し、それと気づいた時には、ラウンジに若い谷村の姿もなかた。

「城二さん、このホテルに部屋を取っているの?」
 綾の魔性が、待ちきれないと騒いでいる。
「ジョウって、呼んでください。ええ、ダブルの部屋だけど」
「じゃ、行きましょう。食事はそのあとでゆっくり取りたいわ。それとも、お腹すいた?」
 綾が、沢木の顔を覗き込んだ。
「望むところです。食事はそのあとでも…」
 そう答えたときには、沢木は伝票をつかんでラウンジのレジのほうに歩き出していた。
 慌てて、綾はバックを拾い上げて、そのあとを追った。そして、ロビーに通じるラウンジの出口で、沢木が、支払いをすまして出てくるのを待っていた時、背後に妙な気配を感じて、思わずロビーのほうを振り返った。

 しかし、誰か不審と思えるものはいなかった。待ち合わせや、パーティーへの出席なのだろうか、ホテルの出入り口からロビーにかけて、人が大勢流れ、華やいだ声があちこちから聞こえてくる。この時間帯、ホテルは混雑のピークであった。

 仮に、誰かがひそかに綾に視線を送っていたとして、それを特定することは、この雑沓では無理であった。もし、それが知り合いか誰かなら、相手から声をかけてくるに違いない。
 綾は、それ以上、見つめられているような妙な気配に気を向けることはなかった。それより、綾は今から始まる楽しみに、大いに胸をふくらませていた。

 支払いを済ませた沢木から半歩ほど遅れて、綾が後ろからついていく。そして、彼が借りた部屋につながるエレベーターに向かって備え付けのソファーの角をまがったとき、綾は、ふと隣のエレベーターホールに姿を消した男の姿を、凝視した。もちろん、その姿は、もう見えない。
「今、主人が! そこに…」
 綾は、声にならない声を上げた。

 家に帰ったり、仕事を理由に帰らなかったり、夫の雄介は気ままな生活を楽しんでいる。愛人のような女性もいるようだが、家庭を壊さない限り、綾もあえて追求する気はない。追及しなければ、綾にも、自由がある。それは、夫婦の暗黙の了解でもあり、スタイルでもあった。

──それにしても、あの視線のような気配は、夫のものだったのだろうか。
 夫のものだったとすれば、彼も女連れだったのかもしれない。
──そして、今からベッドインなの? まさか…。
 そう思うと、綾は、急にハイで陽気な気分になった。

「最初だから、フルコースでやってみて」
 部屋に入ってシャワーを浴びた綾は、ベッドの上に身体を投げ出し、時間をかけるように、沢木に注文をつけた。

 沢木のそれは、綾がこれまで経験したことのないセックスだった。丁寧で重厚なのは夫にも似ていたが、沢木のセックスは、それにリズムがついていた。不思議な感覚であった。
「このリズムは何なの?」
 クンニの最中にこれを使われたときに、綾は、あまりの快感にたまりかねて、喘ぎながら沢木に尋ねた。
「このままいったら教えてあげる」
「ああっ」
 綾は、簡単に絶頂の達してしまった。
 唇を吸われて、そのまま沢木を迎い入れて、またそのリズムを腰で使われた。
「ず、ずっと、こうしていたい…」
 沢木のリズムは、絶頂の手前で綾を浮遊させるのだ。
「こんないい気持で、私はどうなるの」
「どうにも。ずっと、こうしていたいって言ったでしょう」
 綾は、気持ちも体も乱れきっている。
「ねえ、私に見えるようにやってみて」
 露骨な体位だったが、綾はそのリズム運動を自分の目で確かめたかった。というより、覚えておきたかった。
「淫らだわ…」
 絡み合う姿態を見て、綾は、一段と淫らな気持ちになった。
「男たちは、セックスはリズムではなく、パワーだと思っている」
「ええ…」
 綾が、喘ぎながらうなずく。目の前で、リズムが上下する。
「でも、僕ら魔性の男軍団は、パワーではなくリズムで女性を責める」
「魔性の男軍団って、それなあに?」
「魔性の男たちの集まりさ」
「集まって、何をするの?」
 綾は、話していながら、何を話しているのか分らないほどの激しい快感にとらわれていた。
「こうして、魔性の女たちと戦うのさ…」
 綾はすでに、男のリズムの中で失神していた。

横峯さくらパパ 公人と私人の大いなる勘違い

さくらパパこと、民主党の横峯良郎参議院議員が『週刊新潮』の記事に反論するために開いた記者会見が、逆ギレ会見として大々的に報道され、街の話題になっている。

 あのような逆ギレ会見がテレビなどで報道されたら、さくらパパに投票した21万人の期待を裏切ることになるし、タレントとしてもイメージダウンになることは間違いない。それなのに、なぜさくらパパは会見で逆ギレしたのだろうか。その前に、なぜ急に『週刊新潮』を訴えたのだろうか。

 マスコミの報道や、さくらパパの発言、新潮の記事や言い分などを総合的に判断すると、当初、さくらパパはどうも『週刊新潮』の取材を私人の立場でとらえ、対応していたふしがある。
 もっとも、私人といっても著名なプロ・ゴルファー、横峯さくらのパパであり、タレントなのだから、一般人とそれとは多少趣(おもむき・事情)を異にする。

 どう違うかといえば、さくら親子は、親が子の教育に成功した親子鷹(だか)として売り出している。また、タレントでもあるから、マスコミが親子の関係など、ある程度のプライバシィーに踏み込むのは、避けられないという事情がある。
 もっと詰めて言うと、タレントであれば、多少の女性スキャンダルや刑事事件にならない程度の悪行なら、話題にこそなれあまり問題にならず、許されるケースが少なくないということでもある。

 さくらパパは、ここを勘違いした。
『週刊新潮』の取材に対し、さくらパパはタレント感覚で、愛人がいた事実、賭けゴルフ、不埒な酒席…、ほとんどのスキャンダルを認めているのである(8月30日号)。これが、まずかった。
 タレントとしてなら、笑ってすまされるかもしれない。しかし、参院議員としては許されることではなかったのである。

『週刊新潮』の記事で特に問題なのは、愛人関係が解消した今年の春、彼女が経営する飲食店が資金難に陥り、さくらパパに融資を頼んだところ、「パパの取り巻きの代理人から、私の母の年金を担保にして、私の母を保証人に立てるなら、貸してやるという答えがありました」という、元愛人の証言である。
 年金を融資の担保にすることは禁じられており、これは明らかに法律違反となる。

 これは私人であるタレントなら、愛人関係のごたごたの中で出た話としてすまされるかもしれないが、参院議員である公人としての発言としては、やはり問題になる。

 そして、これ以上に問題なのが、1打1万円という高額の賭けゴルフ。
 この金額が事実なら、明らかにゴルフのベット(賭け)としては度を越している。
 報道によれば、民主党の鳩山由紀夫幹事長は8月29日のTBSラジオ、「荒川強啓 デイ・キャッチ!」に生出演し、賭けゴルフについて、「表では認めていないが、裏では許してしまっている極めて甘い法律が、こういう問題を起こしている」と、法の運用に責任転嫁していたという。

 これは政権交代を迫る公党の幹事長の発言としては、あまりに不謹慎だし、認識不足である。
 確かに射幸心をあおる賭けごとは、ゴルフのみならず、マージャン、囲碁、将棋、トランプなどすべて禁じられている。しかし、法の精神は、むやみに射幸心をあおることや、これが犯罪や暴力団などの悪につながること禁じようとしているのであって、国民から娯楽の楽しみを奪おうとしているわけではない。

 そこで取り締まり当局が粋な計らいをして、ゲームの興趣を盛り上げる程度の常識的な掛け金であれば、法の運用面で大目に見ているのが実情である。べつに、鳩山幹事長が言うように、裏では許すというような甘い法律のせいではない。

 では、興趣を盛り上げる程度の常識的な賭け金とはどの程度かといえば、別に決まったものがあるわけではないが、家庭でやるゲームならお小遣い程度、マージャンや囲碁、将棋なら場所代を超えない程度、そしてゴルフはチョコレートと相場が決まっているから、最高に高くても1打300円前後ということになろうか。

 この金額でも当局からはまかりならんといわれそうだが、それにしても、さくらパパの1打5000円とか、1万円というのは、常軌を逸して博打(ばくち)そのものといっていい。

 さくらパパは、公人でありながら、『週刊新潮』の取材に私人感覚で、これを認めてしまったのである。
 マスコミ報道で法律違反が明らかになった以上、公人はその責任をとって、場合によっては辞任しなければならない。そこで、窮地に立ったさくらパパは、「10年以上前に鹿児島で5000円の賭けゴルフをしただけ」と、賭けゴルフの常習性を全面否定し、合わせて、証言者である元愛人と新潮社を相手どって、損害賠償などの訴えを起こしたのである。

 つまり、公人として身の潔白を証明するために訴えを起こしたのだが、さくらパパは本当にこの裁判で、本人が言うように名誉が守られると思っているのだろうか。

 確かに、裁判が結審するか和解するまでは、事実関係が法律的にはっきりしないので、さくらパパの名誉は守られるかもしれない。
 しかし、その事実関係を明らかにするためには、痛くもない腹を徹底的に探られ、彼はボロボロになってしまう可能性がある。なぜかといえば、この裁判は元愛人をさばくのだから、お互いに、個人の身辺事情を白日のもとにさらけ出す法廷闘争になることが避けられそうにないからである。

 この泥試合を避けるためか、会見でさくらパパは、参院選に立候補表明後の7月、元愛人から慰謝料500万円を要求されていたことを明らかにし、同席した弁護士は、「女性が横峯氏を恐喝し、それに週刊新潮の記者が加担した。裁判ではこの点を争う」と話している。 

 単純に考えて、愛人をつくって別れた妻子のある男が、その愛人から慰謝料を請求されて、それを恐喝と呼べるのであろうか。週刊誌に情報を流したことを、恐喝の手段とみているようだが、これが認められるようでは、男の乗り逃げを、女性はみすみす泣き寝入りして見逃すことになってしまう。
 それでも訴訟を起こしたということは、法廷戦術としては勝算があってのことだろうが、恐喝を証明する前に、明らかにされる新事実で、さくらパパは公人の立場が危うくなる可能性がある。

 というのは、こうした裁判には公党の民主党が耐えきれないからである。
 現に、「週刊新潮」の最新号(9月6日号)では、昨年まで、1打1万円の賭けゴルフをやった事実や、口止め工作まで報じている。さくらパパは、裁判の決着が長引くことで名誉が守られるが、民主党は、そうはいかない。

 新事実が出るたびに、何らかの釈明なり、謝罪行動が必要となる。それが、公党の責任というものである。

 さくらパパは、公人として明らかにここを読み違えているように思われる。
 ほかの訴訟と違って、愛人関係のような訴訟というのは、極めて私的なもので、公人の訴訟にはなじまないのである。決着が長引けば長引くほど、公人のイメージは傷つけられ、その公人が所属する組織や団体は大変なダメージを受けることになる。

 もっと分かりやすく言えば、愛人関係の訴訟では、私人の名誉は守られるかもしれないが、公人や、公人の所属する団体はダメージを受けることのほうが多い、ということである。

 当初、さくらパパは、公人としての立場を守るために、一度認めた週刊誌の記事を全面否定し、証言者の元愛人と週刊誌を訴えたのではなかったのか。
 ところが現実には、当面、私人としての名誉は守られるかもしれないが、公人としては名誉を守れないというジレンマに立たされることになったのである。

 会見でさくらパパは、選挙で投票した支持者を裏切っているのではないかという主旨の質問に、「選挙の時もいいました。今までいろいろやったけど、政治家になったら死ぬ気でやると…」と、声を荒げていた。つまり、今回週刊誌に書かれたことは、いろいろやったと認めたことのうちに入っているから、ウソはついていないと言っているのである。

 しかし、これは立候補者の弁だから、まだ私人であって、公人の話ではない。つまり、やったことの責任はない。
 そして、選挙に当選したからといって、「今までいろいろやった」ことが容認されたかというと、そういうことにはならない。むしろ私人から公人になったことで、やったことに責任が出てきた。
 つまり、公人になるということは、過去にも責任を持つ立場になったということで、過去のあやまちが許されたということではないのである。

 さくらパパは、ここのところがよく分かっていないように思われる。それで、記者とのやり取りで、逆ギレするはめになったのである。そして、公人であることの意味をよく理解しないまま、訴訟に踏み込んだように見える。

 果たして、さくらパパに、このピンチを乗り切る秘策があるのだるか。そして、民主党は、彼をかばい切れるだろうか。
 これは民主党、参院選後、最初の試練である。       

古い扇風機火災と「もったいない」精神の間

 2007年5月14日に改正消費生活用製品安全法が施行され、家電など生活に直結した製品をつくっているメーカーが、相当のパニックに陥っている。
 この法律は、ガス瞬間湯沸かし器による一酸化炭素中毒、シュレッダーでの指切断といった事故が相次いだことから、急きょ、改正施行されたもので、死亡、火災などを伴う重大事故が起きた場合、メーカーは10日以内に国に報告するよう義務付けられている。このため多くのメーカーは、専従員をおいて法律に対応しているのだが、実際に施行されてみると、施行前には考えられなかった様々な問題が出てきた。

 たとえば、このところニュースになっているのが、古い扇風機の火災事故。
 8月23日、三洋電機が明らかにしたところによれば、20日午前、1970年ごろ生産した扇風機から出火して火災が起き、東京都足立区の夫婦2人が死亡したということである。同社は、今回の火災は部品が劣化して起きたもので、品質不良ではないと説明している。

 この火災の後、松下電器や日立製作所、東芝ホームテクノ、シャープなどの扇風機も火災事故を発生していることが相次いで判明、メーカー各社は対応に追われることとなった。火災事件を起こした当事者ではないが、当事者並みにニュースで扱われることになったのである。

 この法律の施行でメーカーは大変だろうが、消費者にとっては、事故が起こる前に情報が入るのだから非常にありがたい。
 ただ、36年前の製品だといわれると、いささか考えさせられるものがある。

 36年前の扇風機というのは、消費者にとってどういう位置づけになるのだろうか。
 たとえば、同じ動くものでも時計なら、デザインさえ気にしなければまだまだ使えそうである。しかし、家電の場合はどうだろう。36年も使って無事だったのだから、品質不良ということはない。とすれば、問題になりそうなのは、部品の劣化や気のつかない損傷である。

 それでも、40歳になって実家へ帰ったら、子供のころ座敷の主役だった扇風機が、まだ動いていて懐かしいという風景はありそうである。とすれば、36年前の扇風機は、現役としてありということになる…。

 ただ、メーカーの立場的に考えれば、3、4千円から1万円前後の製品の製造責任を、36年後にも負わなければならないのかということになる。
 そういわれると、少しメーカーに酷な気もするが、それではまだ音も静かで現役で活躍している扇風機を捨てるなり、交換しろというのだろうか。三洋電機は、扇風機火災の死亡事故を起こした時、発火などの危険がある対象機種はおよそ670万台で、現在も推定でおよそ6,000から7,000台残っていると発表している。

 この人たちに、もう使うのをやめてくださいと言ったら、きっと、即座に「もったいない」という言葉が返ってきそうである。いちメーカーでこの数字だから、 全国では、3万台から5万台にもなろうか。「もったいない」の大合唱になりそうである。

 しかし、本当に命に代えてもいいほど「もったいない」だろうか。
 ここが、この問題のキーポイントである。

 古い家電の「もったいない」は、命に直結するのである。危ない家電は、使用中止する以外にない。
 それなのにこの法律は、メーカーに事故の報告を義務付けているだけである。これは、消費者対策としては、片手落ちといっていい。

 なぜなら、日本の消費者は、子供の時から「もったいない」精神に満ちている。
 この「もったいない」精神がある限り、事故の報告で警告される程度では、消費者は危険な古い家電を捨てる気にはならない。危ない家電を使い続けられたのでは、この法律を施行した意味がなくなる。

 つまり、端的にいえば、消費者の「もったいない」精神のために、この法律は何の役にも立っていないのである。
 役に立たないどころか、この法律は消費者に不安感をあおり、メーカーに多大の負担を与えている。この負担は、やがて製品の値上げとなって、消費者につけが回ってくるのである。

 ではどうすれば、法律の立法精神が生かされるのか。
 方法は、ただ一つ。

 メーカーに報告義務を与えるのであれば、国は「もったいない」精神に対抗して、消費者にも使用中止を義務づけなければならない。使用中止ができるシステムを機能させて、初めてこの法律の精神が生かされることになる。

 この法律の運用の難しさは、ただ単に、役所の責任逃れや、メーカーいじめになってはならないということである。

 8月中旬に問題が表面化した、ノキア製携帯電話に搭載している松下のリチウムイオン電池が異常発熱するおそれがあるという事件にしても、報告義務うんぬんで騒いでいるが、結果として役所の責任逃れ、メーカーいじめになっただけであった。

 この法律のために、松下やノキアは世界で4600万個を対象に無償回収すると発表している。そして、回収費用として、松下などは数百億円を負担する見通しだと伝えられている。

 ノキアによると電池の異常過熱などの不具合が全世界で約100件報告されており、日本でも充電池の発熱で床の一部などが焦げるなど、2件の報告があった。
 一見、多いようにも思えるが、全世界では4600万個分の100件、日本では16万個分の2件。これで100億円負担するというのは、いかに安全という大義名分があるとしても、あまりに知恵がなさすぎる。ただ、報告がないと騒ぎたてるだけでは、役所の責任逃れ、マーカーいじめといわれてもしようがない。

 こうした、消費者保護の法律は、その運用に慎重でなければならない当然である。
 ただ単に、大義名分を押しつけ厳しく運用するだけでなく、どうすれば消費者の利益になるのか、回収の基準は何か、回収のシステムはどうするか、その告知は、さらにグローバル基準との整合性はといったことまで考慮し、そのあとで運用するべきである。
 そうすることによって、消費者、メーカー双方のバランスが取れ、最終的に消費者は安全で安価な製品を手にすることができるというものである。

 そうでなければ、せっかくの法律も、その立法精神が生きてこない。
 このままでは、消費者に役立たずの、単にマーカーいじめの法律になってしまいそうである。それは誰の損でもない、消費者の損なのである。

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