【吉兆 偽装表示】中核「本吉兆」社長の責任と謝罪
高級料亭「吉兆」グループの一つ、「船場吉兆」がプリンやゼリー、タルト、ケーキなど5種類の菓子のラベル張替えで消費期限を偽装していた。
最近名店、老舗の食品不祥事が相次いでいるので、「吉兆」よ、お前もかという感じなのだが、この事件に限っておやっと思うことがいくつかあった。
マスコミは高級料亭「吉兆」と簡単に書いているが、この料亭の高級は並大抵のそれではない。
たとえば大阪にある「本吉兆」の高麗橋本店と、「東京吉兆」の築地の本店は初めての人は入れない。つまり、一見(いちげん)さんお断りの店として有名である。
では誰がお客かといえば、それは主に政財界のお歴々である。
過去3度の東京サミットで、他の由緒ある著名料亭を押しのけて日本料理の担当に選ばれており、世界の指導者は「吉兆」の味を日本料理の味と思って帰国した。政界、お墨付きの料亭なのである。
ただその歴史は意外に浅く、1930年、昭和5年に茶道の造詣が深かった創始者の湯木貞一氏が、茶懐石の流れをくむ料亭として大阪で立ち上げた。したがって「吉兆」は関西財界を中心に名声を高めてきており、今日、東京の新喜楽、金田中とならんで日本三大料亭の一つ称せられているのは、料理もさることながら商売のうまさも垣間見える。「松花堂(しょうかどう)弁当」は貞一氏の発明である。
現在「吉兆」は、貞一氏の長男の系統が継ぐホールディングカンパニーのような立場の株式会社「吉兆」を中核に、本店というべき大阪の「本吉兆」、それに4人の娘たちが、店舗と称する「神戸吉兆」、「船場吉兆」、「京都吉兆」、「東京吉兆」を展開し、不動産を管理する会社など10社、約20店の料理店から成り立っている。
今回不祥事を起こしたのはこのうち、貞一氏の三女、佐知子氏の系列になる「船場吉兆」で、同社の湯木正徳社長は福岡県出身の料理人で、佐知子「船場吉兆」取締役の婿養子である。
この事件で意外に思ったのは、表示偽装の対象が日本料理でなかったことと、「吉兆」グループの責任体制が明確でなかったことである。
報道によれば、グループの頂点に立つ株式会社「吉兆」は、ホールディングカンパニーという説もあれば、知的所有権を管理する会社(asahi.com)などという説もあり、その実態は定かでない。しかし世間的には、貞一氏の直系の孫にあたる湯木潤治氏が社長を務める株式会社「本吉兆」がグループの中核と思われており、この事件でもグループの長として、何らかの言及があるものと思われていた。
ところが、「吉兆」グループからの具体的謝罪は何もなかった。
ネットの公式サイトでは「吉兆 各店舗ご案内」として明確にグループの案内をしており、各店舗の不祥事の最終責任は明らかにグループにある。
平時には「吉兆」の看板を最大限に利用しておきながら、ひとたび不祥事を起こすや、責任の所在をあいまいにするのは、料理人の風上にも置けないふるまいではないだろうか。
それとも、各店舗が「吉兆」を名乗っているのは、まったく別物の料理だが、そのほうが信用を得やすく商売に便利だから使っているということだろうか。
おそらくそうではあるまい。
師弟色の強い料理人の世界では、一般社会には通用しないルールや責任の取り方があるのは容易に想像ができる。しかしだからといって、弟子は謝罪するが、師匠は謝罪しないでは、今日の社会では通用しない。
日本を代表する日本料亭が、デザートいう名目でプリンやゼリー、タルトやケーキを商品として売店で売るのは、創始者貞一氏がつくりあげた茶懐石の本道をはずしているように思える。
こうした商品を取り扱うことに、「吉兆」の宗家は承認を与えているのだろうか。あるいはグループとして、真剣に話し合っているのだろうか。
もしそうなら、この不祥事はグループとして堂々と謝罪するべきである。
しかし、そうでないなら、名門「吉兆」がなし崩し的に無責任な商品を市場に出していることになる。消費者にとっては、欺瞞(ぎまん)行為に見えるし、迷惑である。
つまり、「吉兆」が勝手気ままな商売をして許される時代は終わったということなのである。名門であれば名門であるほど、責任体制を明確にし、社会的存在を自覚しなければならない。
一流の料理人であることは、社会的責任を逃れるということではないのである。料理人「吉兆」としてではなく、企業体「吉兆」として責任を取らなければならない。いつまでもあいまいにしておくことは許されないのである。
現状では、グループ「吉兆」の経営体制、責任体制ははなはだ不透明である。「本吉兆」の潤治社長が責任者なのか、あるいはまったく別な責任体制があるのか。不透明であいまいなこのを隠れ蓑に、「船場吉兆」にだけ責任を押し付けて幕にするのは姑息である。
今回の事件は、多角路線をとる経営体質の中から生まれたもので、決して「船場吉兆」だけの偶然から生まれた不祥事とは思えない。もし偶然だというのであれば、それを証明する社会的責任が「吉兆」にはある。このままでは、年末のおせち料理を含めて、「吉兆」の料理は危険だと思われてしまう。グループトップの、責任ある謝罪を期待したい。
【クルマ若者離れ】自動車メーカーの大いなる錯覚
幕張メッセで行われている「第40回東京モーターショー2007」に当記者クラブのM君といって、がっかりして帰ってきた。こういうのを草臥(くたびれ)儲けというらしい。
ただ疲れただけ、期待した収穫はなにもなかった。
特に、前宣伝や前評判が高いホンダの2代目「フィット」に大きな期待を寄せていたが、単に進化しただけで、それ以上のものは何もなかった。この程度のデザインや機能などの進化では、初代客の買い替え需要と若干のプラスアルファは望めても、とても今自動車メーカーが直面している重要問題、「若者の車離れをどう食い止めるか」への解答にも、参考にもならない。
どこか的(まと)の外れたモーターショーへの出展なのである。
これはなにもホンダに限ったものではない。
会場全体を見回しても、かつて若者や若いサラリーマンを虜(とりこ)にしたようなわくわくドキドキする熱気や、盛り上がり感がまるでない。というより、若者をわくわくドキドキさせるめぼしいクルマそのものの展示がなかった。
簡単にいえば、各メーカーとも安全と燃費が取り柄の無難なクルマか、一つ覚えのような目玉としてのスポーツカー、あるいは夢を押し売りするコンセプトカーを並べるだけの展示なのである。実利と、若者に縁のない夢の展示といおうか、これでは若者の関心を呼びようもない。
どうして、若者はクルマから離れていっているのであろうか。
学者や専門家、果てはメーカー関係者までその理由として、少子化現象による若者の減少やケイタイ、パソコンなど生活関連業種の多様化による出費の分散などを挙げている。
しかし本当に、そうした若者を取り巻く環境状況の変化に、クルマ離れの理由を求めていいものだろうか。というより、これらの問題を解決すれば、本当に若者はクルマに戻ってくるのだろうか。
おそらく戻ってはこない。なぜならこれらの理由は、数ある理由の中の一つではあるが、問題の核心をついた理由ではないからである。
40年近くも前になろうか、マイカー時代が軌道に乗りだした頃、クルマの普及に歩調を合わせたかのように、さまざまな自動車雑誌が誕生した。最初は業界紙に毛の生えたような雑誌ばかりであったが、そのうちにエンターテインメント(娯楽)な雑誌が売れるようになった。
昭和42年、1967年のカローラ、サニーの登場をマイカー元年だとすれば、その3年前に創刊された週刊『平凡パンチ』の登場は、ヤング文化元年ともいうべきものであった。その後、若者の雑誌文化は『週刊プレイボーイ』、『週刊f6セブン』などの誕生を呼び、週刊誌を読むこと、持つことが一つのスタイルとなった。
これが自動車雑誌に影響を与えない筈がない。
エンターテインメントを指向する自動車雑誌は、われも我もと自動車の『平凡パンチ』を目指したが、どれもあまり成功しなかった。それもそのはず、当時の自動車雑誌は一種の業界誌だから、3万部も売れたら上出来だったのである。『平凡パンチ』のような一般のエンターテインメント雑誌とは、発行部数に1ケタ以上の差があった。
発行部数が少なければ、とうぜん出版元の経営が困難になる。そこで自動車雑誌は次第に、価格は高いがより専門性を売り物にする『カーグラフィック』のような専門誌と、娯楽性の高い雑誌とに2分化されていくようになった。
そうした娯楽性の高い自動車雑誌の中に『カートップ』という週刊誌があった。当然のことながら、当初はそんなに売れる雑誌ではなかった。
たまたま当時、ヤング向けの週刊誌の編集に携わっていたことから、ある時期この『カートップ』の編集に関係することとなった。
編集上の最大のテーマは、どうすれば『カートップ』が『平凡パンチ』のように何十万部も売れる雑誌になるかである。
さんざん考えた挙句、出した結論が『カートップ』を若者の自動車入門書、今でいうポータルマガジン(玄関口の雑誌)にするというものであった。つまり、『カーグラフィック』が高級、専門化していくのに対し、『カートップ』はいつまでも若者の自動車入門雑誌として位置づけようというものであった。
このコンセプトは、当時の『平凡パンチ』から学んだものである。同誌が若者雑誌として売れた理由の中に、つねに高校生から大学生になる年層に焦点を当てた不動の、あるいは普遍の編集という要素があった。
読者の成長に合わせて雑誌が成長するのではなく、つねに大人の入り口にとどまる雑誌。つまり、大人への通過点と位置づけた雑誌であった。
この編集方針があったおかげで、『平凡パンチ』は、大人の『週刊現代』や『週刊新潮』、『週刊朝日』など強力雑誌と競合することなくすんだのである。
『カートップ』のポータブルマガジン化も大成功であった。あこがれの自動車への入門書として、同誌は若者の定番雑誌の一つとなった。
当時、3万部が限界といわれる専門雑誌の中で、ABC(発行部数監査)協会調べで30万部を目標とするところまで部数を伸ばしたのである。もっとも、最近の『カートップ』の動向については知るべくもなく、どうなっているかまったくわからない。
ただこのときの出来事で、今自動車メーカーが学ぶべきことがある。
それは、当時も話題になったが、自動車メーカーは産業として巨大になるにつれ教養のある社員やジャーナリストが周辺に多くなるから、思考が『カーグラフィック』的になり、やがてポータルマガジンの重要性を忘れるだろうという指摘である。
今まさに、この指摘通りの時代を迎えている。
若者の玄関口となるべき、わくわくドキドキのクルマづくりをおろそかにした結果、若者のクルマ離れを招いているのである。
若者がクルマ離れをしているのは、少子化や若者環境の多様化のせいではなく、メーカーが経営効率のいいクルマづくりに傾注して、若者を自動車に向かわせるわくわくドキドキのクルマづくりをまったくしていないことに、最大の理由がある。
その意味で、今回まったくつまらない2代目「フィット」を出したホンダは、かつて「シティ」にしろ「シビック」にしろ、モデルチェンジをするたびに、若者をわくわくドキドキさせたものである。
また他のメーカーにしても、どうしてRVブームのあとが懐古趣味のセダンなのか理解に苦しむ。こんなクルマや乗りもしないスポーツカーで、若者の心がつかめる筈がない。今こそ日本の自動車メーカーには、ポータルカーが必要なのである。
若者のクルマ離れは、やがて日本全体のクルマ離れを現出する。自動車メーカーは、明らかに開発の方向性に大きな錯覚を抱いているようである。目先の効率化や競争だけでなく、長期的な視野が大切である。
さもなければ、自動車は若者に本当にそっぽを向かれかねない。その気にさえなれば、今のメーカーにはいくらでも若者をわくわくドキドキさせるクルマがつくれるはずである。そしてそれは、世界戦略を視野に入れる日本のクルマ開発に、必ずや貢献することになるのである。
【F1 来季シート】まずアロンソ週末までに残留交渉
今週、フェルナルド・アロンソの残留交渉がいよいよ本格化する。
これはF1GP最終戦、ブラジルGPの直後、彼が所属するマクラーレンのロン・デニス代表が、「ドライバーの件については、シーズン終了後にわれわれが扱うといった問題があったから、直ちにこれに取り組む。そしてそれは、ここ2週間以内に結論が出されることになるだろう」と言明したことのよるもの。
ここではアロンソと名指ししていないが、「シーズン終了後に扱う問題」とはアロンソの去就についてのことと、関係者は受け取っている。
そして一般には、ここで出される結論はアロンソのチームからの正式な離脱と考えられているようだが、現実にはスパイ容疑事件以後こじれたアロンソとチーム、特にデニス代表との関係修復について突っ込んだ話し合いが行われるはずで、現時点でアロンソがチームを離れる可能性はごくわずかでしかない。
というのも仮にスパイ容疑事件以後、口も聞かないほど仲たがいしているデニス代表とアロンソが、個人的に一緒に仕事をしたくないと思っていたとしても、そこには2008年までチームとアロンソの間で結ばれている契約という大きな壁が立ちふさがっている。
話 し合いで二人の怨念が契約という壁を乗り越えた場合だけ、アロンソのチーム離脱が実現することになる。
では両者にはどんな思惑があるのだろうか。
まず最初に不満を持ったアロンソだが、現状で彼の不満は解消されていない。
アロンソのチーム、あるいはデニス代表に対する不満は単純である。2005年、2006年と2年連続でワールドチャンピオンになってルノーから移籍したのだから、それにふさわしい待遇、つまりナンバーワンドライバーとして待遇しろといっているのである。
こんなこと当たり前の主張に思えるが、ことはそう単純ではない。
なぜなら、もう一人のドライバーであるデニス代表子飼いのルイス・ハミルトンが、並みの新人ではなく、アロンソなみの技量を備えた超大型新人であることが分かったからである。しかも彼には、カリスマ的人気がある。
昨年、2006年のマクラーレンは、今年フェラーリに移籍してワールドチャンピオンになったキミ・ライコネンとファン・パブロ・モントーヤのコンビで1勝もできず、コンストラクターズ選手権も3位で終わっている。
そこにアロンソが表彰台の隅でデニス代表にそっと耳打ちしたコンタクトがきっかけで、アロンソのマクラーレン入りとライコネンのフェラーリ移籍が実現。モントーヤも突然チームを離れたことからハミルトンが抜擢されることになった。
ワールドチャンピオンと新人ドライバーとの新生コンビの誕生である。
この流れを見ていると、ライコネンでなくても、自分はナンバーワン待遇されて当然と思うのではないだろうか。
しかも後でわかったことだが、ライコネンは二つのことでマクラーレンの戦闘力のあるマシンづくりに貢献している。一つはライコネン自身が話している。
「僕が時々考え、チームにも尋ねているのは、僕が12月にこのチームに来たときに、多くのものをチームにもたらしたということだよ。僕はその時にドライブしたクルマのことを覚えている。彼らの2006年の成績も知っている。そして僕が来て、このチームのクルマは0.5秒から0.6秒くらいは速くなった。でも僕はチームから何も見返りを受けていない。これが事実だよ」(f1.gpupdate.net)
そしてもう一つが、スパイ容疑事件で、ライコネンがFIAに供述した内容のこと。つまり、フェラーリの情報をマクラーレンにもたらすことに一役買っていたのである。
マクラーレンはその情報をマシンづくりに利用していないといっているが、具体的な形状の変化は認められなくても、1億ドルの有罪を受け入れた今となっては、有効な情報の利用はあったと思われても仕方がない。
いずれにしても、このライコネンの貢献もあって、マクラーレンは今年、長い低迷から脱出し優勝を争うことができるマシンを手にしたのである。
というわけで、ライコネンは名実ともにチームにチャンピオンらしい貢献をしており、ナンバーワンドライバーとして優遇されるべき立場であった。
これに対し、新人ハミルトンの非凡さと人気で強気になったデニス代表は、当初からアロンソとうまが合わないこともあって、「マクラーレンは二人のドライバーを平等に遇するのがチームの方針」と主張。
結果的に、ハミルトンのわがままを認め、アロンソをナンバーワンドライバーとして扱わなかった。
ハミルトンのわがままは、ハンガリーGPの最終予選でアロンソを先行させるというチーム内の協定を破るかたちで表れた。これに怒ったアロンソが、ピットレーンでハミルトンを妨害して復讐を果たすと、チーム内の秩序が一気に崩壊。
アロンソの、チームとデニス代表に対する怒りが爆発。彼は待遇改善要求の延長上で、フェラーリを解雇された従業員が漏らした機密情報を含むe-メールの情報をマクラーレンがもっていることを暴露すると、デニス代表を脅迫したという。アロンソはすぐにその軽率な発言を撤回したが、デニス代表がこれをマックス・モズレーFIA会長に通告したため、後のアロンソのこの供述が決め手となって、マクラーレンは有罪制定を受けることになる。
現状は、このこじれにこじれた関係のままである。アロンソとデニス代表らチームとの話し合いで、関係は修復するのだろうか。
おそらく両者の関係は、完全に修復することはまずない。しかし、修復しないということとチームを離れるということは別問題である。
<チーム側の事情>
1.チームはアロンソに気分を害していても、法律的にアロンソを放逐することはできない。なぜなら、スパイ容疑事件でチームを有罪にしたアロンソの証言は、FIAの免責条項がついており、その意味では正義の証言である。したがって、これを理由に契約違反を問うことはできない。
2.チームの平等方針をたてに、アロンソのナンバーワン待遇の要求を拒否することはできるが、その不満や批判を理由に解約解除にまでは持ち込めない。なぜなら現実に、待遇を要求するだけの働きをしているし、客観的に不平等と思われるデニス代表の言動も見られる。こういうのは一種の水掛け論に終わるものである。
3.契約を解除しないで、来季アロンソにサバティカル(有給、ガーデニング休暇とも)休暇をとることを強制させることもできるが、F1ドライバー4強の一人を1年間も休ませるのは常識的でなく、批判が強い。現に、メルセデスモータースポーツのノルベルト・ハウグ副社長は、「それはわれわれのスタイルではない」と言下に否定している。
4.以上を総合して考えると、チームとしてはこの問題で主導権を取れないということである。あくまで、アロンソの不満を聞いたうえで対処するしか方法はない。
5.とはいっても、チームとしてある程度の覚悟はできているから、調停案として他チームへの移籍を提案できないわけではない。ただその場合、
a.契約の違約金支払いに大幅な配慮が必要となる。
b.補充ドライバー問題など、アロンソの移籍先との調整が必要になる。
c.強いチームより、弱いチームのほうが望ましい。
などといった問題がでてくる。
<アロンソ側の事情>
1.アロンソの不満は、ワールドチャンピオンにふさわしいナンバーワンドライバーの待遇を受けていないことにある。しかし、今年のハミルトンの活躍で、その主張も難しくなってきている。ドライバーズ選手権のポイントでハミルトンと同点ではあるが、アロンソのほうが2位の回数が少なく、実質下位になる。
2.したがって、来季の待遇に対しては今年ほど強行に優遇を主張できない立場にある。
3.仮に移籍を望んだとして、優勝争いができるチームは限られている。今年の実績でいえば、それはフェラーリだけである。その他のチームに移る場合は、優勝争いをある程度諦(あきら)めなければならない。
4.結局、問題解決には待遇の不満を我慢するか、それとも優勝争いを諦めるかということになる。こればかりは本人の気持ちの問題だから安易に推測できないが、話し合いである程度の待遇の妥協点が見出せるのであれば、あるいは自尊心が傷つけられないのであれば、残留する可能性は相当に高いはずである。
5.とはいっても、チーム側から移籍についてある程度納得のできる提案があった場合は、むげに断る必要はない。ただその場合、
a.優勝を争うチームであること。つまり今年の実績でいえば、フェラーリ以外にない。
b.その他の弱小チームへいく場合には、マシンの戦闘力向上の可能性と待遇が大きな問題となる。
c.ただしそれは、マクラーレンとの話し合いで、移籍を避けられない場合に限る。
などといった問題がでてくる。
こうした両者の事情を考えると、現時点でアロンソが移籍する可能性はあまりないように思える。
しかし、今更関係を修復するにしては、あまりにも世間に知られすぎ、問題が大きくなりすぎたという現実もあるのは確かである。そこでこの問題をスマートに解決するという大義名分を考えると、唯一有力な移籍先として浮かんでいるフェラーリが、自らの有利な立場を地用し、関係者を巻き込んで密かにアロンソの移籍を画策している可能性も捨てきれない。
フェラーリの立場としては、アロンソを引き受けることは、マクラーレンに対し厄介者払いの手伝いをするという大義名分が立てられる。つまり恩義を売ることになる。ただし、それほどマクラーレンがアロンソを放出したがっているときに限るのだが。
またアロンソに対しては、優勝を争うチームへの移籍だという説得ができる。
そして自分自身は、ワールドチャンピオンを二人抱えるという最高の布陣を構築することが可能になる。
もちろんこれを実現するためには、アロンソの見返りとして4強は無理として、次代を担う有望株をマクラーレンに提供しなければならない。そうでなければ、マクラーレンはみすみす宿敵フェラーリに塩を送るだけの移籍になってしまう。
このところ、若手の有望株のニコ・ロズベルグを抱えるウィリアムズの首脳がしきりに、「ニコは放出しない」とか、「売り物ではない」と発言。何のことかと注目を集めているが、あるいはこのアロンソのトレード話に関係しているのかもしれない。
また、アロンソがフェラーリに移籍してきた場合、押し出される形のフェリッペ・マッサの処遇をどうするかといった問題もある。
マッサはブラジルGPが開催された異例のタイミングで2009年までの契約更新を行ったとフェラーリから発表されたが、これは箔(はく)をつけて高く放出する狙いが隠されているのかもしれないのである。
しかしいずれにしても、このように見てくるとアロンソが優勝を狙えるチームを熱望しているといわれるだけに、その候補となるフェラーリの動向から目を離すことができなくなる。
残留なのか、フェラーリなのか。それとも第三の選択をするのか。アロンソ待ちの来季のシート動向は、今週末あたりからいよいよ本格化することになる。
残念ながらルノーやトヨタ、BMW、レッドブル、ホンダなどへの移籍話は、これらがすべて暗礁に乗り上げた場合の次善策となる。ただ、アロンソがフェラーリに移った場合のマッサのトヨタへの移籍の可能性は、これらに比べれば実現のパーセンテージは少しだけ高いかもしれない。
どんな結論を出すのか、アロンソとデニス代表の話し合いは今から大いに楽しみである。


