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魔性の探究;17 祐天寺から高輪台へ

第三章 魔性ハンター

Ⅰ. 祐天寺から高輪台へ

「ねぇ、ママ聞いてるの?」
 娘の翔子が大きな目を見開いて覗き込んだとき綾はハッとした。
「聞いてる、聞いてる。それでどうしたの?」
「でね、うーちゃんが先生にね…」
 洗濯物を取り込みながら翔子の話を聞いている最中に、綾は、昨晩鳴ったケイタイが気になっていた。
 そのケイタイが鳴ったのは夜中の2時。その日は珍しく雄介と家族3人で玉川のデパートに出かけた。夫の雄介に最愛の娘。家族三人でのデパートめぐりは、まず子供服売場から回って最後に夕食を済ませる…。はたから見れば、幸せな家族の休日だった。

  夫の雄介とはセックスレスとはいえ、不満があるわけではない。お互いを干渉しない良きパートナーのような関係だった。娘の翔子は、二人をつなぐ大切な鎹(かすがい)。サイドボードに飾られた写真の中央には、愛らしい笑顔で左右から両親に手をつながれている。会話も翔子が中心だった。

 その日、さすがに疲れた綾は、家に帰るとすぐに翔子と風呂に入り寝床についた。雄介も12時には床についていた。うとうとしかけたとき、そこに突然綾のケイタイがなったのだ。

 綾は慌ててケイタイの電源を切った。横に目をやると雄介が目を覚ましていない事を確認できた。綾は、こっそりと電源を入れなおし着信履歴を確認すると『まさみ』と表示された。

──修二…。どうしたのかしらこんな夜中に。

 修二がこんな夜中に自分を求めてきた。そう思うと、綾の体の奥が熱くなった。今すぐ飛び起きて修二に愛されたい。そんな衝動を必死にこらえ、綾は再びケイタイを戻すとコツンとそれを置く乾いた音がした。

「おきてるのか?」
 綾は心臓が張りさけそうだった。修二は綾の恋人だ。夫の横で恋人に思いをはせる罪悪感が、綾を緊張させた。
「…ん」
 綾は心臓の高鳴りを押さえ寝ぼけたふりをした。
「なぁ…」
 雄介の手が綾の腰に触れた。

 それは久しく忘れていた雄介の合図だった。2年ほど前、虫の居所が悪かった綾が、雄介のこのサインに気づかないふりをしてベッドをはねつけて以来の、忘れた感覚だった。

 このところ、雄介は綾に必要に会話を求めていた。それは、綾が千里のダブルブッキングを助けようと銀座のホテルにいたとき、雄介らしき人物が女と部屋に向かうのを見かけた、あの日から続いている。

 週に1日、子供の顔見たさに家に帰ってくる雄介だから、他の女がいるだろうとは思っていたが、雄介がそれでも自分と娘を大切にしてくれるなら、と綾は割り切っていた。

──あのホテルにいたのはやっぱり雄介だったのかしら…。そして私と沢木城二の姿を見たのかしら。私たちの夫婦の愛情はとっくに別居夫婦の単なる友情になっているのに…。

 夫婦の関係は友情と綾が割り切っていても、どこかで必死につなぎとめようとする雄介。男の未練と優しさを感じながら、今は、心のどこかに修二に惹かれている罪悪感を綾はいだいていた。

「…あっ」
 綾は、ずっと忘れていたこの手の感触を感じた。

 子育てに入ったマンネリ夫婦の久しぶりのセックス──。

 その夜、罪悪感を振り払うかのように夫に抱かれた綾は、自分の体を知り尽くしている男のセックスに、何処か物足りなさを感じたのだった。

 娘の話を適当にあしらいながら、綾の心は別のところに飛んでいた。
──修二…、沢木さん…それに勝村さん…。私、最近魅力的な男性に出会い過ぎているのかしら…。ほんの少し前まで、貞淑だった綾は、夫以上の男なんていないと思っていたのに。
 すでに綾は、男の魔性の虜(とりこ)であった。
──夜になれば修二に会えるわ。
 綾は、もう、今夜、修二とのセックスに心を躍らせていた。
 雄介は二年ぶりの綾との合歓(ごうかん)に満足したのか、日曜日の定例ゴルフコンペに参加するといって、夜明けとともに上機嫌で出かけていった。これでまた、次の週末までは帰ってこない。

 綾は洗濯物の取り込みを済ませ、翔子が自分の部屋に戻ったのを見届けてから、おもむろに時間を確かめた。11時15分過ぎ。修二に電話をかけるにはちょうどいい。

 休日の午前、あまり早い時間の電話は、修二の睡眠を妨げることになる。綾に優しい修二が、眠いのを我慢して話し相手になってくれるのは目に見えている。そんな無理を修二にはさせたくない。

「…今夜、千里と一緒にリリーさんをお訪ねするって、約束しているのよ。修二も行くでしょう?」
 ケイタイがつながると、綾はいきなり修二に用件を告げた。
 真夜中の修二からのケイタイの呼び出しのことは、何も言わなかった。
「うん。それより俺、今すぐ綾が欲しいんだけど…」
「馬鹿ねぇ…。まだベッドなんでしょう?」
 急に、綾の声が甘く崩れた。

 わずか一時間後には、綾は高輪台にある修二のマンションで、彼のベッドにもぐりこんでいた。友達の家に遊びに行くという娘の翔子を送り出すと、祐天寺から高輪台まで、日曜日の山手通りはタクシーでわずか15分の距離であった。

「私も修二が欲しかったの」
「どうして?」
 腰をもだえさせながら素っ裸で覆いかぶさってくる綾を下から見上げ、修二の目は意地悪に笑っている。
「だって…」
 綾が、修二の唇を求めた。
「だって?」
 濃厚なキスの合間に、修二が聞き返す。
綾は腰を一段と強く押し付けてきた。両足で挟みつけたふくらみのあたりから、濡れたものが伝わってくる。
「昨夜、修二から電話がかかってきたとき、私、二年ぶりに旦那様といたしてる最中だったの」
「それは悪かったね、で…」
「旦那様は、そのケイタイの呼び出し音が気になって急に萎(な)えて」
 綾は、ベッドの中だけで許される嘘をついた。言葉は、ベッドの中では愛の効果的な前戯なのだ。
「萎えたって…、はっハハハハ」
 大笑いしたあと、修二は続けた。
「それで欲求不満で、俺に後始末をしろと…」
 修二は、下から腰を突き上げた。
「馬鹿ね!」
 そう叫ぶようにいって、綾は一気に修二の固い魔性を自分の魔性の中に呑み込んだ。
「うっ、太い」
「旦那より?」
「そう、旦那様より、いい」
 綾が淫らにわめく。
 修二の欲情が一気に昂(たか)ぶった。
「俺のほうが太い?」
「そう、ぶっとい…」
「なにが?」
「スティックが…、あっああ」
 綾の腰の動きが早くなった。
「まだ、だめだ!」
「どうして?」
 綾は、早く絶頂に達したい。
「旦那様もよかったって、いってごらん」
「……」
「いってごらん」
「旦那様もよかった…」
「どれくらい?」
「……」
 戯れの言葉のやり取りと分かっていても、綾は返事に窮した。
 修二は、いつもより明らかに興奮している。主人との情交が話題になっていることと、その情交が自分と比較されていることに、修二は異常に燃えているのだ。
 これが修二の魔性の愉悦なら、綾は、その楽しみを二倍にも三倍にもしてやりたかった。
「私のセフレからの電話だといたら、旦那様がむちゃくちゃ狂い出して、いつもは一回きりなのに昨夜は私、立て続けに4回もいきまくっちゃって…。終わったらまともに腰が立たないの」
「それなのに、まだ俺を欲しがるのかい」
「だって…」
「だって、なんだい?」
「旦那様が抱いたあとが消えないうちに、私はあなたにいたぶって欲しいの。私は立て続けにしたくってここにきたのよ」
 突然、修二が猛り狂ったように押し殺した奇声を上げ、身体を入れ替え綾の上になった。さらに一度身体を引き離すと、今度は綾の腰を後ろから抱え込み、バックから激しく突きたてた。そしてそのたびに、綾のスレンダーな肢体が幾度もしなった。
「バックでも旦那といったのか?」
「ええ、あっ、もうだめ」
 綾の身体を軽い痙攣が襲う。
「うっ、俺も─」
 ドクドクと、修二の魔性の音が聞こえた。

 修二が魔性の新しい快楽に目覚めたのは、このときが最初であった。

【大相撲 朝青龍】横審は強者(チャンピオン)と横綱を分けるべき

めっぽう強いが品行の悪い横綱、朝青龍のおかげで、彼を横綱に推挙した横審(よこしん)こと横綱審議委員会までが、相撲ファンや社会から謝罪を求められるという事態になっている。
 朝青龍をかばう師匠の高砂親方、その高砂親方に理解を示す日本相撲協会の北の湖理事長を相手にして、何とか横綱の権威を保とうと日夜苦悩している横審のメンバーを見ていると、本当にご苦労さまとしか言いようがない。

 謝罪の慣習や意味を理解しない外国人横綱に振り回されている大相撲関係者の困惑ぶりは、どこかで横綱という制度に破綻をきたしてしまっているように思える。
 現行の制度では、事態を収拾できないことは誰でも感じている。ここは制度の原点に立ち戻り、改めて横綱問題の解決に取り組む必要があるのではないだろうか。

 現在の横審制度ができたのは、やはり横綱の権威が問題にされたときであった。
 1950年(昭和25年)の1月場所、東富士、照國、羽黒山の3横綱が3日目までに全員が途中休場したため、協会は場所中に、「2場所連続休場、負け越しの場合は大関に転落する」との決定を下した。
 ところが世間から、「粗製乱造した協会が悪い」と批判され、急きょ、この決定を取り消したのである。

 そこで世間から協会が批判されることを避けるため、それまでの横綱免許の家元、吉田司家から横綱を認められるのではなく、相撲に造詣の深い有識者に横綱を推薦してもらうことになり、同年4月21日に横綱審議委員会が発足した。
 横綱審議委員会の定数は7名以上15名以内とし無報酬。任期は1期2年、最長で5期10年までで、協会理事長の委嘱を受けて就任し、委員長は委員の互選で、最長2期4年までとなっている。

 発足当初、協会理事会は横審の決議に拘束されないとしていたが、それでは何のための委員会なのかわからないということで、現在は委員会の「決議を尊重する」ということになっている。
 横綱に関していえば、「2場所連続優勝、またはそれに準ずる成績」という横審の内規を満たした場合、理事長は横審に横綱昇進について諮問。横審はこれを受けて審議し、出席委員の3分の2以上の賛成があれば理事長に横綱推薦を答申する。

 形式的にはこの後、理事長は答申を受けて臨時理事会を招集し、理事会において横綱昇進について決議して、正式に昇進を決定することになっている。しかし理事会は横審の答申を尊重するため、横審が事実上の最終決定をくだすことになる。

 横審の内規というのは、横綱推薦基準のことで、次の3項目からできている。いずれも出席委員の3分の2以上の多数決によって決議すると内規で定めている。
1.品格、力量が抜群であること。
2.大関で2場所連続優勝した力士を推薦することを原則とする。
3.2場所連続優勝に順ずる好成績を上げた力士を推薦することができる。

 これまで理事長の諮問を受けて、横審が横綱昇進を見送ったのは1954年5月の栃錦以下、玉の島、北の富士、貴ノ花の4人だが、いずれもその後横綱に昇進している。
 現在は内規第2項が重視されて厳密に運用されているので、「力量」に関しては、推薦基準の甘さで問題視されることはなくなっている。

 ということは、問題になっているのは内規第1項の「力量」ではなく、「品格」ということになる。
 まさに朝青龍の問題はこの「品格」にあたるわけで、この「品格」の推薦基準に明確な規定がなければ、第二、第三の朝青龍問題が持ち上がることは避けられない。
 ただ、この「品格」は数値的基準ではないために、明確な規定を設けるといっても、ことはそう簡単ではない。
ではどのような方法が考えられるだろうか。

 一つの実現可能な方法として考えられるのは、技量の最高峰と、技量+品格の最高峰とを分けて力士を顕彰することで、これによって強い外国人も正当な評価を受け、横綱の品格や権威も守られるはずである。

 具体的にどうするかといえば、たとえば大関までのランクは、力士を技量、すなわち勝負の結果で評価する場所の優勝者、チャンピオン制とし、大関を最高位とすればいい。もちろん、大関に昇進するには2場所優勝といった内規があってもいいのである。
 そしてこの大関の中から、横綱の品位や権威を守るのにふさわしい力士を横綱として横審が推挙するのである。この場合、大関としての成績さえ守っていれば、技量はその推薦基準に含まないものとする。

 つまり横綱は、大関以上の技量があれば、あとは品格だけが推挙の基準になるのである。横審は、その「品格」に関連したことだけを審議する場にすればいいのである。こうすれば、強いだけの外国人も国技のなんたるかを学ぶようになり、人格を磨かなければ横綱にはなれないことを理解するはずである。その努力こそが大切なのである。

 誰が見ても、朝青龍は強い。しかし、国技にふさわしい横綱の品格をもっているとはいえない。
 とはいえ、これは朝青龍だけが悪いわけではないだろう。日本の国情を知らない外国人に、技量、すなわち成績以外の基準を要求することがもともと無理なのである。

 その意味で、大相撲に外国人が入門し、彼らが大関から横綱クラスの技量をもつようになったとき、協会も横審もこの問題と正面から取り組むべきであった。それをこれまで怠ってきたつけが、いま朝青龍問題として浮かび上がってきているのである。
 内規第2項の、技量だけで横綱を推挙するのは、外国人力士が多くなった今日、明らかに無理を生じている。

 横綱の権威を理解しない力士に、横綱をしめさせる現行の制度自体に、問題の根源があることを協会も横審も自覚するべきである。朝青龍問題が持ち上がった今こそ、現状にふさわしい制度に改める絶好の時期といえるのである。

【崎陽軒 誤表記】老舗、名店にJAS法の警鐘

 「昔ながらのシウマイ」で有名な横浜の崎陽軒が、社内調査で主力商品など10種類22品目がJAS(日本農林規格)法の品質表示義務違反にあたると気付いたのが、今月、11月中旬。
 きょう28日の朝になって、神奈川県農政事務所に「原材料表示が不適切だった。相談したい」と連絡してきた。

 同時に崎陽軒は、横浜と東京の工場を操業停止にし、関連商品の自主回収を始めた。

 連絡を受けた農水省は同日、本社や横浜工場、東京工場を立ち入り調査。連絡してきた以外の違法が発見されなければ、処分は文書による指導にとどまるとみられている。

 軽い処分で済みそうなのは不適切な表示を自ら発見、当局に連絡してきたからだが、100年の歴史を持つ崎陽軒ほどの老舗が、どうして法律違反を犯したのか。そこには、老舗、名店であるがゆえの陥穽(かんせい、落し穴)が見えてくる──。

 報道によれば28日の記者会見で、崎陽軒の川田利明専務は「ホタテ貝柱はそれまで“主原料”だったため、法改正後も表示が正しいという思い込みをしていた。強い思い込みがあった…」と、不適正な表示をした理由を語っている。

 崎陽軒の主力商品である「昔ながらのシウマイ」は、当初からホタテの貝柱が大きな特徴である。したがってこれを購入して食するほうも、他社のシューマイと食感や味が違うのは、このホタテ貝柱が入っているせいだと思い込んできた。
 好き嫌いはあるだろうが、多くの消費者がそう思い込んでいたのだから、ホタテ貝柱を“主原料”の一つとして実際にシューマイを製造している崎陽軒が、そう強く思いこんでいたのもあながち嘘とばかりはいえないようである。

「昔ながらのシウマイ」の原材料の表示は、「豚肉」「ホタテ貝柱」「タマネギ」とホタテ貝柱が2番目になっていた。これまでは、シューマイの原材料だから、豚肉がホタテ貝柱より多いのは当然で、これに玉ねぎが続いてそれほど違和感はなかった。
 つまりシューマイという食品の中で、その商品を特徴づける表示が最初に来るのは、消費者にとって決して紛らわしいことではないのである。次の表示には本当の、あるいは共通の原材料である小麦粉やでんぷんが列記され、さらに調味料や色素が表示されているというのが、長いこと消費者が馴染んできた表示の順番である。

 ところが6年前の01年4月、JAS法が改正され原材料は使用量の重い順に表示しなければならないと規定された。
「昔ながらのシウマイ」の場合、重い順に表記すると、「ホタテ貝柱」は「豚肉」「タマネギ」「でんぷん」「小麦粉」に続く5番目ということになる。つまり2番目に記載した「ホタテ貝柱」は誤表記ということになったのである。

 
 原材料を重い順に表記することにどれだけの価値があるのかわからないが、少なくても一般の消費者にとっては、その商品を特徴づける材料を冒頭に表記してもらったほうが、はるかに便利である。
 5番目や6番目に「ホタテ貝柱」と表記されていても、それが他社製品と違うシューマイだと一目では判らない。その意味では、JAS法の改正は明らかに、消費者無視の改悪である。

 とはいえ昔から馴染んできた商品だとはいっても、JAS法が改正されたのだから、メーカーはこれに従わなくてはならない。
「ホタテ貝柱はそれまで“主原料”だったから、法改正後も正しいという強い思い込みがあった…」という記者会見での、川田専務の言葉には無念さがにじみ出ていた。ほたて貝柱が主役のシューマイなのだから、崎陽軒の罪は罪として、この思い込みには同情するべき点も少なくない。

 そして、これと同じような思い込みというか、錯覚をしているケースが全国の老舗、名店にはかなりあるのではないかと思われる。
 法改正による誤表記で、悪徳業者にされたのではたまったものではない。全国の老舗、名店はこれを教訓として、早急に足元を見直すべきである。

 同じ食の安全に関わる不祥事でも、悪意のあるものとそうでないものとが見受けられる。最近の農水省のJAS法の運用を見ていると、摘発に重点を置くあまり、本来の消費者の視点に立ったきめ細かい運用にかけているところが少なくない。
 本気でJAS法を広めようというなら、取り締まりを強化する前に、業界に対しても消費者に対しても、その法の精神を理解してもらう努力が必要である。特に今回のような表記順の問題などは、どんな理由で変更したのかを消費者にも手間ひまをかけて十分に説明しなければならない。

 なお、崎陽軒の回収された商品は、正しい表記の包装に変え、12月1日には市場に出回る予定だという。崎陽軒はこれに懲りて、いっそう食の安全に気を配ってほしいものである。

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