魔性の探求;24 魔性の箱根路
第三章 魔性ハンター
Ⅷ.魔性の箱根路
千里がキッチンで軽い朝食を用意する間、修二は広いリビングのソファーで今朝の新聞に目を通していた。特に目新しいニュースは見当たらない。
ふと思いついて、修二はベッドルームにケータイを取りいった。そしてリビングに戻ってくると、時刻が9時を過ぎているのを確かめてから、会社に欠勤の連絡を入れた。担当の女子社員が、事務的に受け付ける。
基本的に、修二のようなITエンジニアは勤務時間が自由なフレックス・タイム制になっているのだが、仕事仲間に迷惑がかかることもあるので、欠勤の連絡は欠かせない。これでなにか緊急の要件があれば、ケータイに連絡が入るはずであった。
ほっとして、修二はソファーに座りなおした。キッチンからはブルーマウンテンの香りが漂ってくる。朝食の準備が整いつつあるようだ。
広いリビングを見回すと、キッチンとは反対側のコーナーに全身を映す等身大のミーラーが直角に張りつけてあり、そこにフィットネスシューズ、小型のダンベル、ゴルフクラブのアイアン、ウッド、パターなどが無造作に立てかけられている。そしてコーナーの真ん中にでんと据えられた、鐙(あぶみ)がぶら下がった椅子のようなフィットネス機器。
「あれはナショナルのジョーバだろう?」
「そうよ、修二さんはじめて見たの? あれに乗ると、ウェストがしまるだけでなくゴルフの飛距離が延びるって評判よ」
「それだけ?」
「えっ、え。いやね、修二って」
千里の声が上ずった。
「何がいやなの?」
修二がわざと突っ込む。
「意地悪ね。またおかしくなっても知らないから…。それよりお食事の用意ができたわよ」
そういいながら千里は、白地に花柄の模様が入ったシルクのガウンの胸を合わせた。何も着けていないガウンの下から、胸のふくらみが今にも飛び出しそうであった。
ベーコンエッグにコーンフレーク、トマトジュース、それにコーヒーと一通り朝食メニューが並んでいる。
「うわっ、うまそうだ。千里は料理もできるんだ」
「こんなの料理のうちに入らないわ。でも修二が喜んでくれるなら、これからおいしいものがつくれるように勉強するわ」
「ところでさっきサウナで話したことなんだけど…」
修二がフォークを口に運びながら話題を変えた。
「なあに? また私を変にさせようっていうのでしょう」
「違うよ。リリーさんの話だよ」
「あ、リリーさんのね」
千里がうなずいた。
初恋以外にも、自分を裏切らない真実の愛がある。それが魔性の愛だ。
魔性の愛は自分の本性の愛だが、その形は往々にして反社会的である。しかし、反社会的ということはその時代の価値観であって、本来の人間の本性、人間性とは関係がない。日本は長いこと男尊女卑の社会だったから、それがどんなに人間の本性であっても、女性の魔性は社会から淫らな女の行ないと決めつけられる。
「女性の誰かが、女性の魔性を理解しなければ、自分に忠実に生きる女性がすべて淫らな女にされてしまう」
その女性の魔性の最大の理解者が、魔性の六本木の女王と呼ばれるマダム・リリーその人なのだ。
だが、マダム・リリーは単なる理解者ではないと、千里はいう。
「リリーさんはもっと奥が深いの…」
さっき、サウナでの会話はここで途切れた。
「リリーさんは、魔性には二つの種類があるって考えているの」
「2種類の魔性だって!」
修二が身を乗り出した。
「ええ、一つは日常的に表れる魔性で、誰でも、というか普通の女性がもっている…」
「たとえば、どういう魔性なの?」
「たとえば…、いい男を見たら抱かれたいと思うとか」
しばらく言いよどんでから、千里が答えた。
「なるほど」
修二はうなずいた。「…日常、心の中に思っていて表に現さない魔性というわけだ」
「そう、そうなの。昔に比べて、精神を解放された女性はずいぶん魔性を表に現すようになったし、行動もするようになったわ。でも、まだまだ使い分けている」
「“昼は淑女のごとく、夜は娼婦のごとく”という理想の女性を表す言葉は、実は、昼も女性は魔性を持っているということの裏返しなんだ。こういう言葉で男性は、女性の昼の魔性を抑制してきたというわけだ」
「ええ。で、もう一つの魔性というのが…」
そこまで言って、千里はコーヒーを口に運んだ。
修二も慌てて、コーヒーを口にする。ブルーマウンテン独特の苦味と香りが口腔いっぱいに広がった。
「…非日常的な魔性というか、性癖(せいへき)というか。とにかく自分でも抑制のできない性の行動なの」
「なるほど」
「その魔性は、最初は自分でも思いがけず衝動的に現れるから、何が起こったのか理解できない状態に陥ってしまうの」
「千里のときも?」
修二が意地悪な質問をした。
「ええ、最初たまたまダブルブッキングで、二人の男性の部屋を行ったり来たりしたときは、ばれるんじゃないかって恐怖心もあったけど、それ以上に興奮してしまって。これはもう、最高の快感だって感激したわ」
千里は微笑むように言った。
「それは、そうだろう」
「で、私は、二股の魔性の持主だって分かったの。悩んだのは、それからなのよ」
「どうして?」
「だって、いくら自分に忠実でも、私の魔性は変態かもしれないでしょう。当時は若かったし、魔性という言葉も知らなかったんだから」
「なるほど、でも今だって若いよ、千里は」
修二の好奇心の魔性がうめいている。
「いいのよ、無理しなくても。でも、修二にそういって貰うと嬉しいわ。また抱かれたくなっちゃう」
「もう少し話を聞かせてよ」
修二が慌てて千里を促した。
「変態かもしれないって悩みながらも、一度目覚めた二股の魔性の悦楽からは逃げられないのよ。一夜で、二人の男性が私の子宮の中で完全に溶け合ったって思うようなことが何度もあったの。で、そのたびに正常に戻ると自己嫌悪に陥って」
「かわいそうに」
「いつの間にか自己嫌悪が自暴自棄になって、もう死んでもいいって六本木で荒れ狂っていたときに…」
「リリーさんに出会って、救われたというわけだ」
「ええ。リリーさんは、それは変態でも異常でもなんでもないって。あなたの本性がもっている真実の愛だから、恥ずかしいことではない。ただ、あなたが真剣に愛する人を見つけたら、その魔性の愛は姿を消すだろうって言ってくれたの」
「そうか、魔性の愛というのは、正常な愛が満たされないときに姿を見せるということなんだ」
修二の声が高くなった。
「いいえ、正常な愛が満たされなくてもいいんです。自分の愛が真剣に機能していたら、それでいいんです。私が修二さんを真剣に愛しているように…。修二さんが、私を愛してくれるかどうかは、また別問題ってことなの」
「分かった。打算ではなく、女性は真剣に愛せる対象を見つけたら幸せだといっているわけだ。その愛の対象が見つけられないときには、魔性の愛もまた真実の愛だから、恥じることなく大切にするべきだとリリーさんは説いているんだ」
「そうなんです」
千里は泣き出しそうな顔になった。
【桐朋女子高校】グラビアタレントを退学処分にした見識
写真集の出版を理由にした退学処分は無効だとして、19歳のグラビアタレントが桐朋女子高校を運営する学校法人桐朋学園を相手取り、処分の無効確認を求めた訴訟の判決が2月27日、 東京地裁八王子支部で行われ、訴えを棄却する判決があった。
当然の判決なのだが、同日の6チャンネルのワイドショーで、「有名タレントがいたほうが広告塔になっていいだろうに…」という趣旨のコメントを口にしたタレントがいた。ワイドショーの大勢は、芸能活動をするならそれを認めている高校に行けばいいという意見だったので内心ほっとしたが、このコメントには、裁判が直面した問題の本質が表れているような気がする。
というのは、世間の何割かは中高生徒のタレント化は、決して悪いことではないと考えているという現実である。タレントになって何が悪いのかと考えているのである。
このタレントの範疇には、高校生でプロゴルファーになった石川遼君のような有名スポーツ選手も含まれる。報道によれば遼君は、プロになったことで10億円からの契約金を手にするという。そして遼君が広告塔になったおかげで、母校の杉並学院はいまや全国区の有名校である。
中高生のタレントは、お金を稼いだり、学校の広告塔になったりする貴重な資源だから、決して悪いことではないと考えているのである。
これに対し、中高生徒のタレント化に反対する人たちは、中高生は勉学にいそしむ年代であり、タレント活動は決して好ましくはないと考えている。商業主義の資源というとらえ方など、とても許されるものではない。
グラビアタレントに訴えられた桐朋女子高校は、断固として生徒の芸能活動を認めない方針を貫いた。
訴えたほうのタレントは、明らかに売名行為であるかに見える。というのは、このタレントは裁判中も写真集やDVDを新たに出している。たまたま出した写真集が原因で退学になったというわけではないようである。
また判決後、このタレントは、「(中高一貫校で)5年半も通った学校に戻って卒業したいという気持ちを裁判官に 理解してもらえなくて、とても残念」とのコメントを出しているが、中学から5年以上も在籍していた生徒なのだから、同校がいかに厳しく芸能活動を禁止しているか、校風として身にしみて理解しているはずである。
この裁判は明らかに、学校の方針に挑戦することで名を売っている。本人の気持ちとは別に、売名することで得をする周辺の力が動いているとみるのが普通だろう。
もしそうだとすれば、一部の世間から批判されるのを覚悟のうえで、退学処分を撤回しないで裁判に臨んだ学校側の見識は大したものだといっていい。一時的には、裁判をすることで売名行為に手を貸すことになるだろうが、長い目で見れば桐朋女子高校の毅然とした方針は社会に周知されることになる。
方針がぶれることのない、今どき珍しい学校である。
ただ、この芸能活動を認めないという方針は、桐朋女子高校を運営する桐朋学園すべての学校の方針ではない。
学校法人桐朋学園は国立市にある男子部門、調布市仙川にある女子部門、音楽部門の3部門から成り立っていて、男子部門の桐朋高校は都内有数の進学校、音楽部門は音楽学部の桐朋学園大学としてあまりにも有名である。
その中にあって女子部門は、共学の桐朋幼稚園から桐朋小学校、女子だけの桐朋女子中学校、桐朋女子高校普通科、そして桐朋学園芸術短期大学と、幼稚園から短大までそろっている。そして共学の桐朋小学校の男子は、国立市の桐朋中学校へ、国立市の共学である桐朋学園小学校の女子は桐朋女子中学校へと進学する。
また同じ調布市仙川には、音楽部門の桐朋学園大学音楽学部の下に桐朋女子高校音楽科(共学)があるが、これは女子部門の普通科とはまったくつながりのない別個の運営となっている。
つまり今回訴えられた桐朋女子高校は、厳密には普通科のことで、同名の音楽科とはまったく方針の違う高校である。
したがって、芸能活動を禁じている普通科の方針は、同じキャンパスに隣接する音楽科と一線を画するために、あえて厳密に打ち出しているのかもしれない。
桐朋学園といえばやはり音楽で名をはせているので、外部からは普通校の存在は分かりにくい。
しかし女子部門は、沿革の経緯から「桐」を校名にしていることからも分かるように、旧東京教育大学、現在の筑波大学と深い関係にある。したがってその教育方針はかなり厳格で意欲的。具体的には心身の健康と個性を伸ばすことにあり、進学よりも生徒の活動と実践に重点が置かれている。
良妻賢母型が多い女子校の中で、この女子部門の教育方針は社会性があり、実際に同校の出身者には社会の第一線で活躍する人が少なくない。
その教育の過程で、芸能活動を禁止するというのも、一つの方針として理解できないものではない。私学としては、当然認められるものである。
今回の裁判はむしろ、中高生のタレント化を容認する軽い社会風潮の中で、しっかりした教育を実践する学校が、まだ存在することを示したことに大きな価値がありそうである。少子化時代の中で、あえて商業主義の挑戦を受けて立った桐朋女子高校の見識に敬意を表したいものである。
【再生紙偽装 王子製紙】名門の名を汚すトップの居座り
再生紙問題で、王子製紙はいまや偽装企業の代名詞である。
これまでも王子製紙は環境汚染企業として名をはせ、公害隠匿やデータ改ざんなど、その悪質ぶりはつとに有名であった。そこに今回の再生紙偽装問題である。
この問題は特に王子製紙だけではなく、製紙業界全体に及ぶものなのだが、まったく反省の色を見せない同社の悪辣(あくらつ)ぶりは明らかに傑出している。
・1月17日 甘利明経済産業相が日本製紙グループ本社による古紙配合率偽装が発覚したことについて、「業界全体の信頼回復に向け、全社が問題点を洗い出す作業に自主的に取り組んでほしい」と製紙業界に要望。
・1月18日 王子製紙の篠田和久社長が、年賀はがきやコピー用紙については、10年以上前から古紙配合率を偽装していたことを明らかにする。
・1月30日 経済産業省は25日に日本製紙連合会(会長・鈴木正一郎王子製紙会長)
から受け取った調査結果を踏まえ、より詳細な実態把握が必要と判断。製紙18社に追加の実態調査を指示し、社内調査体制など当面の対応を2月6日までに報告するよう求める。
・2月20日 再生紙の偽装問題で、王子製紙など製紙16社が調査結果を公表した。王子製紙はコピー用紙の偽装が「80年代からあったと推測される」と説明し、古紙配合率の水増しを約20年も続けていた実態が明らかになった。
・同日 北越製紙は三輪正明社長が4月1日付で引責辞任して取締役に降格し、営業担当専務も退任すると発表。これに対し、王子製紙は篠田社長ら4人を3カ月減給50~30%
にするなどの軽い社内処分を発表する。
・2月22日 製紙各社が20日に環境省などに追加調査結果を報告したことを受け、鴨下環境相が閣議後会見で「回答は近年の実績しかなく、依然不十分。国民の納得がゆく対応、けじめをつけることが不可欠だ」と、製紙業界を厳しく批判。
こうしたここ1か月余の流れを見ても、製紙業界全体がこの再生紙偽装問題を著しく軽視し、本来なら率先して襟を正さなければならない業界最大手の王子製紙が、いかに悪辣であるかを知ることができる。
関係省庁の大臣が、「国民の納得のいく対応、けじめをつけるべき」と、暗に経営トップの辞任を要求したのはまったくの異例で、それでも居座り続けるのは厚顔無恥としか言いようがない。
さらにこれに追い打ちをかけるように、王子製紙の経営陣が、少なくとも1年前の2007年2月には、偽装の実態を把握していただけでなく、秘密裏に偽装の是正を行なうよう指示していたことが、新たに報道されている。
同社は、記者会見や、2月20日の経済産業省に提出した最終報告書の中で「現在の経営トップ(会長、社長、副社長の3人)が(古紙配合率の)乖離を知ったのは本年1月の年賀はがき問題報道を受けた社内調査の結果報告を受けた時期」としているが、この報道でその主張が虚偽だったことが明らかとなった。
つまり王子製紙は、経営トップが居座りを続けられるように、国民や行政に堂々と虚偽の報告をしていたということである。腐りきっているとしか言いようがない。
こんな悪質企業の経営トップが業界団体の会長を務め、最大手企業の経営者として業界全体をリードしているのだから、腐敗しているという意味で再生紙偽装は根の深い問題である。
同社の経営トップである鈴木正一郎会長、篠田和久社長、山本信能副社長の3人には、これ以上名門企業の名を汚さないためにも、即刻辞任してもらうしか会社や業界を救う方法がない。


