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【F1ハンガリーGP戦力分析】フェラーリ失速のピンチ

 今週末、8月2日~3日、F1第11戦、ハンガリーGPがブタペストのハンガロリンクで開催される。このGPは、3週間にわたる夏休み前、最後のレースとなる。
 したがって、前後半の折り返しGPといった色合いが強い。そこで、折り返し地点での戦力分析──。

 折り返し地点での、各チームの実力はどのようなものか。実は、前戦のドイツGPで見えてきたものがある。
 それは、コンストラクターズ・ポイントに表われている各チームの勢力図というのが、必ずしも今年の実力を反映していないのではないかという疑いである。これまで勢力図は、フェラーリ(105ポイント)、BMW(89)、マクラーレン(86)の上位グループ。これに次ぐのがトヨタ(25)、レッドブル(24)、ルノー(23)、ウィリアムズ(16)の中位グループ、そしてホンダ(14)、トロロッソ(8)、フォースインディア(0)の下位グループに大別されていた。

 しかし、この勢力図がここにきてかなり変わってきている。
 簡単にいえば、本来の速さを維持しているのはマクラーレンだけで、その他は低迷、または失速の状態にある。マクラーレンが早くなっているのではなく、その他のチームが勢いを失っているのである。

 躍進しているかに見えるルノーやホンダも、レース展開に恵まれたり、天候に恵まれたりしているだけで、本来の速さが伸びてきているわけではない。
 そこでそうした状況を一覧にすると、以下のようになる。

・フェラーリ(明らかな失速)
・BMW(明らかな失速)
・マクラーレン(本来の速さ維持)
・トヨタ(ミスによる自滅)
・レッドブル(停滞)
・ルノー(フロックによる躍進)
・ウィリアムズ(停滞)
・ホンダ(フロックによる躍進)
・トロロッソ(早さ回復)
・フォースインディア(低迷)

 この各チームの現状を踏まえ、新たな勢力図は以下のようになる。

[上位グループ]
・マクラーレン
・フェラーリ
[中位・上段グループ」
・BMW
・トヨタ
・レッドブル
[中位・中段グループ]
・ルノー
・ウィリアムズ
[中位・下段グループ]
・トロロッソ
・ホンダ
[下位グループ]
・フォースインディア

 まず上位グループだが、3強の中から明らかにBMWが脱落している。フェラーリも失速しているが、マクラーレンに対しまだ1周0.25秒程度の差に収まっている。マクラーレンが特に速くなっているわけではないので、勝手にフェラーリとBMWが失速している感じである。
 BMWはマクラーレンと0.45秒程度の差があり、これはトヨタとほぼ同水準にある。ただBMWが失速しているのは、予選に必要な一発の速さがないためで、レースペースに関してはまだBMWのほうが優位に立っている。

 中位の上段グループは、BMWが入ってきたため、一段と熾烈な戦いになっている。一発の速さではトヨタだが、レースペースや戦略ではBMWのほうに一日の長がある。
 トヨタはここ数戦、予選でのアドバンテージを生かした戦いをしていない。つまらないミスで自滅している。チーム全体のレベルアップを図っているといえばそれまでだが、実際のレースではタイヤ交換を協議している暇などないのだから、ドライバーに有無を言わせない絶対的な信頼できる司令官を必要とする時期にきている。

 レッドブルは一時期、中位グループのトップとして上位グループの取りこぼしを拾いまくっていたが、いまはその地位をトヨタに奪われている。あわよくば表彰台を狙う位置から、8位入賞を狙う位置に停滞していて、今度はその位置を同族チームのトロロッソに脅かされている。

 中位の中段グループ以下で注目されるのは、そのトロロッソで、このところ早さが目立っている。本番ではまだトヨタの速さまで行っていないが、本家を脅かすこの速さは、レッドブルがルノーなのに対し、トロロッソがフェラーリのエンジンを使っていて、その差が出てきているのではないかといわれている。

 中嶋一貴のウィリアムズは一時の勢いを失っているが、これは開発の主力を来年のモデルの開発に向けていたためで、資金力のない独立チームとしてはいたしかたない。それにしては、中嶋もN・ロズベルグもよく健闘している。

 ルノーはF・アロンソの力をもってしても表彰台はおろかトヨタにも届かないので、レース展開でのフロックを待つしかない。アロンソは、一発に力を入れるとレースペースがまるでだめという悲劇を繰り返している。ルノーのマシンは基本的な速さが足りない。
 ホンダも似たようなもので、マシンに基本的な速さがないから、雨などのフロック頼みが続いている。それでもフェラーリから来たロス・ブラウン代表の力量は大変なもので、レース上のバクチを打つ決断力がある。“ブラウン・ホンダ”の幕開けは近いかもしれない。

 最後に、今週のハンガリーGPは直線が短く、追い越しが難しいコーナーの多い低速コースである。したがって、予選での順位が重要な意味を持ってくる。
 いま予選で一発の力が注目されているのは、マクラーレン、トヨタ、トロロッソといったところなので、この3チームから目を離せないレースになりそうである。

【みずほ齋藤頭取】不倫報道に白を切る広報の悲哀

 メガバンク、みずほFGの歴史に汚点を残す頭取の不倫疑惑がマスコミに取り上げられた。
 それは、講談社の写真週刊誌『フライデー』8月1日号に掲載された、『みずほコーポレート銀行 齋藤宏頭取「美人テレビ東京記者と“愛欲„不倫」──株主総会の夜にも密会用マンションで逢瀬を繰り広げる“汚れた晩節”素顔──』と題する記事で、その内容はこのタイトルで全て語りつくされているので、改めて説明するまでもない。

 ただこのタイトル、最近の企業スキャンダルでここまで言葉をきわめた表現は珍しい。頭取、美人記者、愛欲、不倫、逢瀬、汚れた晩節、素顔…、これだけの表現をされてしまうというのは、メディア側にそれだけの証拠を握られていたということである。
 それだけではない。ここまで決定的な表現をするというのは、メディア側、つまり編集者のある種の怒りさえ感じる。これはおそらく、報道された側、みずほ側が編集者を怒らせているのである。

 そう思って改めて記事を読んでみると、確かに編集者が怒るであろうと思われる要因があった。
それは5ページにわたる記事の最後のところで、
『二人の関係について、本誌は齋藤頭取を直撃した。しかし、齋藤頭取は何も話すことなく車に乗り込んだ。
 そこで、みずほFG広報室に(略)──など、4項目にわたる質問をぶつけた。しかし広報室は、
「ご質問の前提となる密会の事実はありません」
 とのみ回答した。』
 と、紹介された部分である。

 編集者は、取材内容に相当の確信をもって報道しようとしているのである。掲載された写真がそれを物語っている。これに対して、みずほの広報は、「質問の前提となる密会の事実はない」と答えている。
『フライデー』のようなジャーナルを扱うメディアは、社会に影響のある真実を報道するのが仕事であり、それが憲法で認められた報道機関としての役割である。その社会的仕事である報道の内容を、「密会の事実はない」といって頭から否定するというのは、広報としてはまったく馬鹿げた、あまりにも無能で策のない回答である。

 この回答は、報道機関の社会的な役割を否定しているのだから、みずほFGでいえば、金融機関として認めないといわれているようなものである。
 相手の存在なり立場を頭から否定するというのは、社会的責任のある企業の取るべき態度ではない。お互いに、相手の立場や役割を認めたところから応対しなければ、最低限の礼を失したことになり、相手を怒らせるだけである。

 今回の例でいえば、証拠の写真を突き付けられているのだから、ミズノの広報は「密会の事実はない」と頭から否定するのではなく、否定するのであれば「事実はあるがそれは誤解だ」とか、「事実を曲解している」と弁明するべきであった。
 みずほFGにしても、社会や顧客から「金融機関として認めない」と頭から存在を否定されるよりも、「金融機関として無理な貸し出しをしている」とか、「金融機関として守るべきルールを守っていない」と批判されたなら、それなりの弁明ができるのと同じことである。相手の存在や役割を頭から否定するのではなく、お互いの立場の尊重こそが民主主義のルールなのである。

 ではどうして、みずほの広報はその最低限の守るべきルールを無視して、「密会の事実はない」などという、報道機関の役割を無視するような馬鹿げたコメントを『フライデー』にしたのであろうか。

 答えは簡単である。みずほFGの前田晃伸社長以下、経営トップがそう答えることを広報に要求しているのである。広報としては、こう答えるしかなかったといってもいい。
 誤解のないように言っておきたいが、みずほの広報というのは日本の企業でも有数の広報マンを抱えている。その資質は折り紙づきである。したがって、個々の広報マンとしては、内心、忸怩(じくじ)たる思いでこの馬鹿げたコメントを出しているはずである。

 専門的にいうと、こういう馬鹿げたコメントを「建前コメント」と言い、こういうコメントを出す広報を「建前広報」と呼んでいる。
 金融機関としてあってはならないこと、経営トップとしてやってはならないこと、一流企業の経営者としてあってはならないことなど、いわゆる建前に反するとが現実におこった場合、あくまで建前にそって白々しくマスコミなどに対応する広報のスタイル。これが「建前広報」である。

 この建前広報は、事実を社会に向かって否定するのだから、事実が証明されると当然その責任を負わなければならない。
 たとえば報道機関である東京放送(TBS)でさえ、1996年にオウム真理教に取材ビデオを貸し出したとされる事件で、当時の経営者が「あってはならない」この事実を、建前で「貸し出していない」で押し通したため、その責任を取って退陣に追い込まれている。

 つまり、建前広報というのは目先の言い逃れになっても、最終的に責任を取らされることになるので、広報手法としては下策だといってよい。したがって、優秀な人材がそろっているみずほの広報が、このことを知らないはずがない。
 それにもかかわらず、あえて『フライデー』を怒らせてまで建前コメントを押し通したというのは、それだけの事情があったということなのである。

 では、どんな事情があったのか。
 最も常識的に考えられる事情というのは、どの道、報道される齋藤頭取がスキャンダルの責任を取って辞任するのは決まっているのだから、この際「あってはならない」という建前で押し通したほうがいいと考えたのではないかということである。

 しかし、これは少し甘い考えかもしれない。齋藤頭取はみずほの中で旧興銀を率いる超ワンマン経営者だし、莫大な損失を出しているサブプライムローン関連の責任者の立場にありながら、頭取引退後も会長として院政を敷くのではないかとみられるほどの実力者であり、権力志向の人物である。
 とすれば、齋藤頭取は不倫疑惑の責任を取って辞任するのではなく、むしろその逆で、この程度のスキャンダルなら中央突破ができると踏んで、「知らぬ、存ぜぬ」で押し通そうとして、建前コメントを出したのではないかということである。

 もしこれが事実なら、『フライデー』を始めとするマスコミもずいぶん舐められたものである。マスコミは、齋藤頭取の首や前田社長らの責任を追及できないと、みずほの経営首脳は考えているかのようである。

 みずほ経営首脳の社会性はもともとこの程度の貧弱さなのだが、今回はそれがもろに出たスキャンダルだといっていい。マスコミへの対応を甘く考えているのである。
『フライデー』の報道によれば、齋藤頭取の“愛欲“不倫の相手はこともあろうに、テレビ東京の記者だという。これは火遊びも度が過ぎる。

『フライデー』が二人の関係について興味深い指摘をしている。このテレビ東京の美人記者は、3~4年前から営業局に所属し、今年7月から報道を担当する取材センターに転属し、現在、日銀クラブなどで取材にあたっているという。
『(略)ちなみに、A記者はこの時はまだ異動前で、営業局に所属していた。この逢瀬は何が目的だったのか。営業局社員が、メガバンクの頭取を取材するのだろうか』(同誌)。

 おそらく、この指摘は鋭い。
 テレビ東京は、1970年から日本経済新聞系のテレビ局となっていて、当然のことながら報道機関といっても経済中心で、企業寄りの報道が多く、スポンサーからは広告波及効果が高いと評されている。従って一口にマスコミとはいっても、いわば経営者や企業にとっては居心地のいい報道機関になるわけで、スポンサーとなる二流、三流の経営者が盛んに接近している。

 一流企業の経営者はあまり接近したがらないが、中にはみずほの経営者のように、彼らと接触することでマスコミを知ったような気になっているのが少なくないから笑止である。
 企業や経営者の社会性を追求してくる本格派のマスコミは、企業や経営者にとって決して居心地のいい存在ではない。スポンサーだからといって、その報道に手心を加えるようでは決して一流のマスコミとは言えないのである。

 みずほの経営首脳は、明らかに経済中心の日経やその関連メディア、テレビ東京など居心地のいいマスコミと対応することで、あたかもマスコミ対策ができているかのように錯覚している。経営者にとって、本当に立ち向かわなければならないマスコミは、広告出稿などスポンサーの立場だけでは十分に対処できないという自覚がないのである。こういうのを半可通という。

 本当のマスコミとは社会そのものなのであって、これに対処するには経営者にも高い社会性が求められるのである。
 しかし、いかに優秀な経営者であっても、すべてに高い社会性を持つことは困難である。そのときに、経営トップの社会性の欠如を補完するのが企業広報の重要な役割だといっていい。みずほの広報マンには、十分にその能力が備わっている。

 ところが、みずほの経営者は今回、最も社会性のない建前コメントを広報に出させた。
 このことは何を意味しているかといえば、みずほの経営者たちは居心地のいいマスコミとだけ接点を持ち、会社でも日ごろから居心地のいい茶坊主に囲まれていて、本当の社会の情報が入ってきていないということである。経営者の資質に欠けていることは疑いようがない。

 今どき、社会性のない会社ほど危険なものはない。これは数々の企業不祥事がそれを証明している。
 まして、日本を代表する金融機関、それもそのトップに社会性が欠如していつというのは重大問題である。いかに日本有数の広報マンを抱えていても、企業トップに社会性がないと宝の持ち腐れになってしまう。

 その意味で、今回のスキャンダルは社会性のない無能な経営者をトップにいただく企業広報の限界と悲哀を、垣間見せた事件ではあった。有能な広報というのは、業績の追求だけでなく、高い社会性を追求する経営トップがいて、初めて存在するということなのである。
 かつて「経営の神様」と言われた松下電器の創業者である松下幸之助氏が、同時に「日本一の広報マン」と評されたというのも、むべなるかな。みずほFGの前田社長は広報を担当した経験があるというが、半可通ほど怖いものはない。本当の広報を理解できない経営トップを持つ広報は不幸であるといわなければならない
 

【F1トヨタ】雨のシルバーストーンが弱点を浮き彫に

雨中の戦いとなった7月6日のイギリスGPでトヨタは、J・トゥルーリが執念の走りを見せ7位入賞。これでトヨタはコンストラクターズポイントで、レッドブルを抜いて4位に躍進し、名実ともに中位グループのトップに立つこととなった。
 これからも中位グループの熾烈な争いは続くだろうが、節目の折り返し地点でトップに立ったことは今年のトヨタの躍進を裏付けるものといってよい。

[コンストラクターズランキング] 08・7・8
1位 フェラーリ 96
2位 BMW 82
3位 マクラーレン 72
4位 トヨタ 25
5位 レッドブル 24
6位 ウィリアムズ 16
7位 ルノー 15
8位 ホンダ 14
9位 トロロッソ 7
10位 フォースインディア 0

 このランキングをみると、獅子奮迅の活躍が話題になっているF・アロンソのルノーが、その活躍にもかかわらず依然としてトヨタに10ポイントの差をつけられている。このことからのも、今年のトヨタがいかに堅実な走りをしているかをうかがい知ることができる。

 しかし同時に、そこからはトヨタが直面する大きな壁も見えてくる。とくにシルバーストーンで行われた雨のイギリスGPでは、その問題が顕著に現れた。
 それは強さと同居する弱点というか、強くなったが故に要求される弱点ともいうべきものである。

 イギリスGPでのトヨタの予選、それに予選前のフリー走行の成績は散々なものであった。特に予選前日の4日に行われた初日のフリー走行2回目は、終了数分前まで20台中19位と20位という体(てい)たらく。
 T・グロックは縁石に車体の底をぶつけてモノコックにひびが入り、トゥルーリは新しく投入したリア・ウイングを支えるピラーの取り付け(マウント部分)に支障をきたして、走行中にウイングを脱落。リアのダウンフォースを失ったマシンはスピンをしてタイヤバリアにクラッシュしてしまった。両方ともよくあるアクシデントとはいえ、翌日の予選に影を落とすものであった。

 そして予選。案の定というべきか走りこみ不足のトヨタは、Q1をどうにかクリアしたもののQ2はグロックが12位、トゥルーリが14位と、ともにQ3進出はならなかった。

 しかし、このままで終わらないのが最近のトヨタの強さである。未調整ながら、決勝ではトヨタらしい粘り強い走りを見せた。
 レースはウエット。ほとんどんマシンはスタンダード・ウエット(浅みぞ)・タイヤでスタートを切った。雨は止んでいたが、路面は完全にウエットで水しぶきの上がる状態。天気予報もレース中の降雨を予測していて、気象に合わせたタイヤ戦略が勝敗に大きく影響するのは言わずもがな。勝負の行方は、作戦司令室であるピットウォールの戦略次第ということになった。

 ところが、この重要時にトヨタのピットウォールは何も決断しなかった、かに見える。7位を奪取し、トヨタに貴重な2ポイントをもたらしたトゥルーリのレース後のコメントである(ニュースリリースより)。
「今日は良いレースだった。2ポイント獲得できたのは良かったけれど、もっと上を狙いたかった。レースを通して、私はとても力強い走行ができていて、雨がひどくなった頃には3位まで順位を上げていた」

「その時点で、コースは本当にひどい状態で、至るところでアクアプレーニングが発生し、1周あたり15秒も失っていた。 我々は、エクストリーム・ウェット(深みぞ)・タイヤに切り替える賭けに出るべきだった。しかし残念ながら、その決定を下そうとした時点で、もうこれ以上雨が降らないのが分かったんだ」

 それでトヨタは、2台ともエクストリーム・ウェット・タイヤに交換することはなかった。誰が、交換しないと決断したのだろう。何もしないという決断である。もし、誰かが交換して成功したら、何もしないという決断は、単なる無策、つまり戦略がなかったということになる。

「それはただ、難しいコースコンディションにおける判断の難しさの問題だったのだけれど、後から考えると、我々はタイヤを替えるべきだったね。表彰台を獲得できるかもしれないぐらい、とても力強い走行が出来ていたから、残念だった」

 このトゥルーリのコメントには無念さがにじみ出ている。どうしてうちのチームのピットウォールは無策だったのだと叫んでいる。
 ニュースリリースを読むと山科忠チーム代表は、「天候は回復すると感じていたので、我々はエクストリーム・ウェット・タイヤに切り替えるよりもスタンダード・ウェット・タイヤを履き続けることを選択した。その選択は最終的にはうまく行った」といっている。
 ドライバーが表彰台を狙えたかもしれないといっているのに、「その選択は最終的にうまくいった」という山科代表の評価は、あまりに情けないのではないか。

 現に、積極的にエクストリーム・ウェット・タイヤに切り替える戦略をとったウィリアムズとホンダは大成功を収めた。ウィリアムズは最後にトゥルーリに抜かれたものの8位に入賞し、ホンダは3位表彰台となった。
 雨は止んでも、あれだけ水量が多ければいかに乾きが早いシルバーストーンでも、10周や15周、時間にして2~30分はエクストリーム・ウェット・タイヤの効果が持続するはずである。7位だったホンダは1周、3秒から4秒も早いラップで2位まで駆け上がっている。そして、ふたたびスタンダード・ウェット・タイヤに戻すためにピットインをしたが、そのタイムロスにもかかわらず3位を獲得した。

 トヨタのピットウォールは、その計算と決断ができなかったのだろうか。トゥルーリの無念さがわかろうというものである。
山梨代表が言うように、トゥルーリの選択はうまくいったと言いはるのなら、せめてグロックだけは、エクストリーム・ウェット・タイヤに交換するという戦略が取れたのではないか。ウィリアムズが、中嶋一貴のタイヤだけを交換したようにである。

 情報によれば、グロックのフロントウィングは最新のもので、このパッケージはストレートのスピードは伸びるもののその分ダウンフォースが低くなるという。
 確かにグロックの最高速は1位とテレビ画面に出ていたし、同時にスピンの回数もフェラーリのF・マッサと並んでトップクラスだった。彼のダウンフォースをカバーするためにも、より雨中でのグリップ力が増すエクストリーム・ウェット・タイヤへの切り替えは、通常の戦略としても十分に考えらたはずである。

 しかし、トヨタのピットウォールは何もしなかった。無策だった。これといった戦略がとれなかったのである。
もちろんこのことは問題である。だが、それ以上に問題なのは、山梨代表のコメントを待つまでもなく、チーム首脳にそれが問題だという意識がないことである。戦略がないことに危機感がないのである。

 もう一人の日本人幹部、新居章年技術コーディネーション担当ディレクターのプレスリリースでのコメント。
「我慢強くレースをした二人のドライバーに感謝したい。 しかし予選でトップ10に入れなかったことは大きな反省材料であり、次のドイツに向けてはしっかり車のアップデートも図りたい」

 技術コーディネーション担当ディレクターという立場では、戦略より技術が最大問題という認識もやむを得ないかとも思うが、それではトヨタの中で誰が戦略の弱点に関心を持ち、責任をとるのか。
 トヨタのマシンがトップレベル近づき、ある強さに到達すれば次に要求されるのは戦略面の強化である。ところがトヨタの首脳は、そのことにきわめて危機意識が希薄なことを今回改めて露呈してしまった。マシンの性能とピットウォールの戦略頭脳は、トップチームになるために欠かせない二大要素、クルマの両輪のようなものである。

 ものづくりで世界一になったトヨタの経験からいえば、戦略は技術の後についてくるももだろうが、レースではそうはいかない。レースは、それに勝つための独自の戦略が必要なのである。
 いずれ戦略はついてくると思っているその哲学、その問題意識のなさが、いまF1トヨタが抱えている最大の弱点といってもいい。シルバーストーンの雨中のGPは、そのことを鮮明に浮き上がらせたレースであった。

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