【大相撲「八百長」記事訴訟】裁判に勝っても疑惑は晴れない
大相撲の八百長を報じた講談社『週刊現代』の記事をめぐり、10月3日、ついに原告の一人として横綱朝青龍が裁判に出廷、「すべて真剣勝負で、八百長はない」と疑惑を否定した。
NHKは同日のニュースで、「記事の内容を全面的に否定しました」とあたかも横綱の証言で八百長が否定されたような報道をしていたが、これは多くの視聴者や国民の失笑をかったはずである。
なぜなら横綱の証言は、八百長問題を裁判で決着させようという日本相撲協会側の一人としての発言だから八百長を否定するのは当たり前だし、そして何より、この裁判で八百長疑惑に決着がつくという甘い考えや期待がその根底にあるからである。
はっきりいって、この裁判で相撲協会側の原告が勝訴しても、大相撲の八百長疑惑は決着しないし、永久に八百長話が消え去ることもない。
大相撲というのは勝ち負けをはっきりさせるスポーツであり、勝者と敗者の明暗は常に分かれる。つまり力士というのは勝負師でなければならないのである。そして、その力士を束ねる協会は勝負師の集団である。
本当に勝負師の集団なら、ファンの心理は百も承知しているはずである。
力士の闘いがいい加減であったり、不審な取り組みの結果には遠慮なく、「八百長」の声が飛ぶ。これが度重なれば、「八百長」の声はヤジではなく、いつかファンの共通認識になる。『週刊現代』の八百長記事は、そのファンの共通認識を反映したものだと言っていい。
この「八百長」の声を払しょくするのに、事実関係の白黒を裁判ではっきりさせることが必要だろうか。そうではあるまい。そんなことをしても、誰も八百長がないとは信じない。横綱が、法廷で証言してもである。
相撲協会が本当にやらなければならないのは、八百長と思われないような真剣な取り組みを増やすことである。これによってのみ、八百長疑惑に決着がつくことを協会は知らなければならない。
これが、大相撲に裁判はそぐわないといわれるゆえんである。
【相撲協会 外部理事決定】改革期待外れのミスマッチ
日本相撲協会は9月30日、外部役員として都市計画が専門の伊藤滋東大名誉教授(77)と弁護士の村山弘義・元東京高検検事長(71)を理事に、理事会に出席するが議決権のない監事に吉野準・元警視総監(73)の起用を決めた。
しかし、この人選は明らかにミスマッチ。肩書きが立派というだけでは、相撲協会の改革、再生はできない。
いま大相撲に必要なのは、公益法人としてどのように組織を改革していくのか、外国人力士が幅を利かす中にあって“国技”をどのように守るかといった根本的な問題の解決であって、都市計画や法律の専門家で対処するようなものではない。
むしろ必要な外部人材は、経営の専門家である財界人であったり、国技を考える文化人や政界人らなのだ。今回の人選が、単に外部の相撲ファンの声を協会の運営に反映せさたというだけのものであれば、何も権限のある理事になどする必要はない。
この起用は明らかに、外向けである。超一流の肩書きや70歳以上の高齢者を並べたこともさることながら、高検上がりの弁護士を選んだなどというのは、協会が強面で外部に睨みを利かした以外のなにものでもない。それとも、内部の規律や統率が、弁護士が必要なほど乱れているということなのだろうか。
いま相撲協会に必要なのは、外向けの強面ではなく、組織の在り方や力士のモラル向上など、内向けの改革である。そのために外部識者の声や、専門家の知恵を外部から導入しなければならないのである。
相撲ファンやマスコミは、目くらましのような外部役員の導入に騙されてはいけない。


